W2×1　【MiyabihimeA】

「・・何があったんだろうな」
　不思議そうな職員達の呟きを他所に歩き続けるヒイロへ、呆れた同僚が声をかける。
「ヒイロ」
「・・・・・何だ？」
　さすがに五飛を無視して通り過ぎる訳にいかず、渋々足を止めたヒイロが剣呑な声を向けた。観察するような鋭い眼差しに、居心地の悪さを感じたヒイロが再び口を開こうとした瞬間・・・・五飛が静かに告げる。
「客が来ている」
　面白がる響きに、どうやら通常は考えられない相手なのだろうと予想がついた。眉を顰めて問いかける眼差しで五飛の言葉を待つが、それ以上語る気はないらしい。自分で確認しろとばかり、相手を待たせた部屋の番号だけ教えて踵を返した。
　・・・・・可能性が高いのはデュオ、次に”ヒイロ”。しかし彼らならば、五飛の対応はもっと違ったものになる。カトルやリリーナならば、はっきり名を言うだろう。そうなると・・・ヒイロをプリベンターまで尋ねる人物に心当たりがなかった。
　考えていても仕方ない。
　溜め息をついて、ヒイロは教えられた部屋のドアを叩いた。
　開いたドアの向こうは、簡素な会議室に似た作りの応接室だ。無機質なガラステーブルと黒い布のソファ、そして窓をブラインドで覆い、数箇所に観葉植物を配置したシンプルな部屋は一瞬で見渡せた。
　待っていたのは１人、手前のソファに腰掛けて背を向けていた彼は立ち上がると踵を返す。優雅に一礼して、顔にかかるブロンズ色の髪を掻き上げた青年は・・・シフェルだった。スイーパーとプリベンターは協力関係を築いているが、顔を合わせるのは折衝担当の事務官のみだ。組織の実行部隊でトップクラスの人間が、現場以外で会うことはまずない。
「・・・突然の訪問、申し訳ございません」
「構わない」
　そっけないヒイロの物言いが普段通りと知るシフェルは苦笑し、ヒイロが腰掛けるのを待ってソファに座った。足元に置いたバッグから書類のファイルを取り出すと、数枚捲ってヒイロへ差し出す。
　そこに表示されていたのは、”ヒイロ”の経歴と数枚の写真だった。
「ご存知ですね？」
　無言で頷き肯定するヒイロに微笑み、シフェルはさらに資料を追加した。デュオが拾ってからの”ヒイロ”に関する調査報告だ。シフェルが独断でレイルに依頼した物だった。
「用件から入りますが・・・正直、デュオさんの彼に対する執着は百害あって一利なし、私も困っています。彼が優秀なエージェントである事実は否定しません。組織の重要な戦力になりうる存在だとしても、背後にある柵（しがらみ）は重過ぎます」
　Ｌ１コロニー群の組織から逃げ出し、テロリストに利用され、数千人のエージェント達の頂点に立つデュオの命を狙う者―――プリベンターのヒイロから敵視される存在。
　組織の実行部隊を束ねるデュオが惑わされるなら、それを正すのはシフェルの役目だ。自分では止められないと判断したシフェルは、ヒイロに協力を求めるつもりでいた。
「ご協力ください・・」
　温和な物言いに含まれた、様々な思惑と複雑な立場が入り混じってヒイロの耳に届く。少しだけ目を伏せ、ヒイロは己の手元を見つめた。差し出された書類を捲る指と、よく知る人物の資料・・・・。
　ふと・・・デュオのマンションを訪ねた時の彼の対応を思い出した。彼は”どこ”が”誰”に要請したのかと聞いて、残念だと告げた。その意味がようやく分かる。
　別にヒイロがデュオに対する要請をしても、彼が独自に協力するのに支障はなかった。それでも断ったのは・・・組織での立場を言い訳にして、奴を庇ったのだ。
「残念だが・・・・協力は出来ない」
　これがヒイロの答えだった。

　”ヒイロ”が目を覚ましたとき、ベッドの上にデュオはいなかった。ドアは少し開いていて、向こう側から水音が聞こえる。シャワーを浴びているらしい。
「結局・・・何もない」
　望んだものは決して手に入らない―――俺がヒイロ・ユイのレプリカである限り。
　ゆっくり顔を上げて溜め息を吐いた。ベッドから降りた足は、床の上で冷たく切り裂かれるようだ。だが”ヒイロ”は裸足のまま、足音を忍ばせて部屋を横切った。
　脱衣所に置かれたタオル、デュオの服、そして・・・・一番下に銃を忍ばせている。ここ数日の同居で知った事実を淡々と確認し、服の下に置かれた銃を握った。
　冷たい銃は重く、”ヒイロ”の行動を責めているように感じられた。
　唇を噛み締めて安全装置を外す。切れた唇から血が滲み、鉄錆びた味が広がった。
「・・”ヒイロ”？　悪いけど、シャンプーが切れちゃってさ・・そこら辺にない？」
　突然掛けられた声に、見開いた目から涙が零れる。
「・・・・・いま渡す」
　左側の棚に無造作に置かれたシャンプーを手に取り、ぐいと涙を拭った。遊底を引いて銃弾を装填し、深呼吸してガラス戸に手をかけた。
「サンキュ」
　曇りガラスの向こうで、デュオが短く礼を口にする。そして動いた人影に向かい・・・・・照準を合わせ、震える手でトリガーを引いた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

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　ヒイロは協力を拒みました。これは意趣返しでも意地悪でもなく、ちゃんと意味があります。ところで・・・泣きながらデュオを撃った”ヒイロ”が可哀想ですね、そこまでするなら撃たなくても・・・と思うでしょう。でも彼は理解しているんですよ。自分が置かれた立場と、それによってデュオが被る迷惑まで・・・。でぉなんか、迷惑掛け捲ってもいいのに（笑
　
【拍手コメント御礼】　匿名希望様・・・綾雅としてはデヒですが、確かに２人の絡みシーンは少ないかも；　根底として互いに意識してるけど、結局立場とかで離れてる２人です。
　もるもっち様・・・デュオはほら、耳がいいって言うよりヒイロマニアだし！　ヒイロはデュオを意識してるけど、彼の物になる気はない。デュオはヒイロを手に入れたいわけですよ。まさしく「コレクション」ですね（大笑）　97で明かしてしまいましたが、”ヒイロ”はまったくの別人です。ヒイロと一緒に訓練を受けた子で、ヒイロと最後まで争った優等生。なので、ヒイロの予備としてソックリさんにされてしまいました。かわいそうな生い立ちなんですよ・・・←他人事みたいに語る作者；