W2×1　【MiyabihimeA】

　口元を三日月の笑みに歪めたデュオが、右手を短剣へ伸ばした。
　血が飛び散る。・・・赤く、鮮やかで、美しく・・・ひどく禍々しい色が教会の床に広がった。
「・・・・神など、いない」
　呟いた声は、傷ついた男の唇から零れた。後を追うように赤い血を滴らせて膝をつく・・・・・そう、新たな血を流したのは神父ではなかった。
　首を狙った短剣を右手で防いだデュオが、肘のすぐ下に突き刺さった刃を抜き去る。短剣を遠くへ放り、足元で呆然と己の手を見つめる神父へ吐き捨てた。
「結局、その程度の信仰だったのさ」
　殺人を固く戒めたキリスト教の神父が・・・両手を赤く染めている。その血は、他者に突きたてた刃からの返り血だった。本来なら有り得ない光景に、ヒイロが崩れ落ちる。
　ぺたんと座り込んだ足元で、銀の燭台が乾いた音を響かせた。
　神父が殺されると思った瞬間、咄嗟に足元の燭台を掴んで振り翳した。しかし無防備に晒されたデュオの背に突き立てることが出来ず・・・・結局、役目を果たさないガラクタとして転がっている。
　逆に、たとえ命を脅かされても不殺を貫かなければならない神父が、自己防衛の刃を抜いた。
「・・・やはり・・・まだ早かったか。残念だよ、ヒイロ」
　神父の愕然とした表情に目を奪われていたヒイロが、その切ない声色に引かれて顔を上げる。蒼い眼差しを正面から受け止めるデュオは、心底残念そうな顔を作って嘆いた。
「まさか、このオレが”失敗”するとはね」
　失敗―――その単語に、今までに向けられた言葉が重なって・・謎が解けてゆく。
　彼は何と言った？
　”・・・賢いヒイロ、だからおまえを選んだ”
　デュオが俺を選んだのだとしたら、何の為に？　どうして必要だったのか。
　繰り返された”まだ早い”は、何に対して？
「まさか・・・」
　足元に転がってきた燭台は、デュオが投げたものだ。これを使ってヒイロがデュオを害することを求めた。神父の足元に放置した短剣も同じ、デュオを傷つけた人間は”カイン”と同じ原罪を負う。狂気の淵を越えて辿り着く場所で、彼は準備を整えて手招いていたのだ。
　気づいた瞬間、ぞっとした。
「ちゃんと聞いただろ？　”禁断の果実を食す覚悟はあるか”と―――おまえはオレの手を取った。どんなにキレイゴトを並べても・・人間は弱い」
　短剣に傷つけられた右手に伝う血が、ぴちゃんと音を立てた。小声で神に赦しを請う哀れな神父を嘲笑し、手に伝う血を舌で辿る。唇の端についた血を指先で拭う仕草は、不思議なほど扇情的だった。
　イヴを騙したルシファーに相応しい・・・・。
　デュオが望んだのは―――ヒイロ自身。誘惑に抗えず、堕ちてくる”デュオと同じ視点を持てる存在”だ。頭の回転が速いだけではなく、見た目が麗しくても足りず、若さを兼ね備えていても・・・まだ到達できない”高み”で隣に立てる同族を欲した。
　すべては、魅入られたヒイロを得る為の茶番に過ぎない。
「オレはおまえを選んだ。だが、さすがに時間が足りない。他の奴なら簡単だが・・・その程度のモノ、欲しくもないからな」
　手が届かないモノほど憧れ、清らかなモノほど穢したくなるのが・・・・人の性（さが）だ。
　右手を目の高さに翳してみせる。顔を隠すような仕草の後、青紫の瞳はゆっくり瞬いた。
「計画は完璧だったが・・・急ぎ過ぎた」
　自嘲したデュオの視線が、ヒイロから外れる。外に聞こえるサイレンに耳を澄ませ、両開きのドアを真っ直ぐに見据えた。強い眼差しは揺（ゆる）ぎない。
　殺した人々を”肉体の楔（くさび）から解き放ってやった”と傲慢に言い放った彼が、ヒイロに執着する理由は・・・本人以外の誰も理解出来ないだろう。当事者であるヒイロであっても、それは同じだった。
「傷を癒しながら、次の計画を練るとしようか」
　くつくつ喉を震わせて笑ったデュオが踵を返す。裏口から逃げると思ったヒイロを裏切り、彼はサイレンが近付くドアへ向かった。両手で開け放ち、パトカーのヘッドライトに照らされて振り返る。
　逆光で表情は見えないが、ヒイロは”笑っている”と確信した。
　警察のサイレンに、神父が悲鳴を上げて十字架を握り締める。彼が問われる罪は―――傷害罪、しかし正当防衛が認められる筈だった。否、それ以前に”公的には死人”のデュオを傷つけても、司法当局が法的な責任を問うことはしない。だが、聖職者としては”失格”の烙印を押されるだろう。
　この現実すら、デュオにとって遊びの域を出ないというのに・・・。
「またすぐに逢えるさ」
　響いたデュオの声は―――悪魔の誘惑に相応しい艶と闇を秘めていた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　ＮＥＸＴ....
　

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　　はい、しっかり長引きそうな気配ビシバシで終了。ここで一段落です。結局デュオの目的は、自分サイドへヒイロを引き入れたかったんですね。まぁ、失敗しちゃいましたけど。
　うふふっ、番狂わせの意味は―――予期しない出来事のために物事が順番どおりに進まなくなること。デュオにとって、今回の結末は見事な番狂わせになったようです。
　当然ですが、続いちゃうと思います。
　このシリーズに聖書は重要で、ひさびさに開いて読みました。幸い･･･といいましょうか、雅姫のＳＳを読んでる方に、熱烈なキリスト教徒はいらっしゃらなかったようで。今現在、苦情は寄せられておりません。

【拍手コメント御礼】　もるもっち様・・・責任以って、なんとかしました（苦笑）　・・・え？どこが？とか言わないで下さいね。キザで思わせぶりで、悪戯大好きで、最低のでぉです。書いてる綾雅もすごく楽しいですよ♪　逆霊感なるもののお陰か、幽霊さんやポルターガイストに遭遇しませんが・・・一度くらい会いたい幽霊さんもいます・・・亡くなった友人とか（汗；　でも、あの霊能者さん・・・本物だったのかな？？？
　
　たかぎ様・・・気になる続きはいかがでしたか？　一応ここで打ち止め。でもって、また後日再開しちゃうと思います。その前に、キリリクを消化しないと・・・汗；