W2×1　【MiyabihimeA】

　代筆を担当する青年は不思議そうに問い返し、艶やかな黒髪に縁取られた端正な顔で小首を傾げた。途中から事件解決に加わり、ある意味中心で事件の終焉を見届けた”死人”へ、もう１人の”死人”が三つ編みを弄りながら説明を始める。
「いいか、ヒイロ。今回の事件で”密室殺人”は一回もなかった」
　教授が生徒に教えるように、丁寧に事件を紐解いていく。ソファベッドに横たわるデュオの説明へ、すぐ脇に腰掛けたヒイロが真剣な眼差しで頷いた。
「ヒイロは７／３１のアトリーの現場しか見てないんだっけ？　それじゃ分からないな。すべての現場に共通した事項を思い出してみろ」
　資料片手のヒイロが眉を顰めて指折り数える。
「失血死、殺害現場の目撃者なし、死体発見現場に血液反応なし・・・」
「ああ、そこは訂正」
　デュオが口を挟む。
「鑑識の話を丸呑みしてると、見えるものも見えなくなるぞ。死体発見現場でも、足元は血液反応があったんだ。ただ、死体を置いた際に付着した物と判断された。そこが間違いだ。あの血液は、真上から降った王冠形をしている。つまり・・」
　そこで意味ありげに言葉を切ったデュオの続きを、向かいのスツールに腰掛けるレイルが浚った。
「死体が立っている状態で落ちた？」
「近いけど違う。殺害現場と死体発見現場が別だと判断されたのは、大量に噴出した血液が落ちていなかったからだが、そんなもんは上からシーツを被せて吸わせちまえば関係ない」
　両手をひらひらと動かして身振りで伝えるデュオに、ヒイロが「確かに盲点だ」と呟いた。鑑識の話や報告を信じていたヒイロには、絶対に気づけなかった結論だろう。
「全身を布で覆って立たせた相手の背後から喉を切り裂く。どっかで見た光景だろ？　昔、どっかの独裁者がユダヤ教徒を迫害した時に使った殺害方法のひとつだ。今ではテロリストなんかが見せしめに使うけど・・・・まぁ、それが殺害方法だ」
　疲れたのか、デュオは一度言葉を切って息を付く。無言で机の上に置いたコップを手に取り、ヒイロが水を注いで差し出した。礼を言って受け取ったデュオが一気に飲み干す。
「それで・・密室の件はどうなった？」
　好奇心丸出しのレイルが先を促し、苦笑いしたデュオがコップをヒイロへ返した。
「だから、密室なんてなかったよ。気づかないか？　彼らの家はすべて一軒家だった。マンションだったら、違う結果になったんだけど・・」
「地下室！」
　ヒイロの蒼瞳が眇められる。魅惑的な唇から零れた単語に、満足そうにデュオが頷いた。
「そう、地下室の換気窓が侵入経路だ。デニーが傭兵だった経歴を考えれば、突入に天井裏や地下室の窓を使うのは珍しい手段じゃない」
　常に換気の為に鍵があいていて、誰も注目していない窓だ。サイズが小さく、目線より上に配置されている為、見落としがちだ。鉄格子を嵌めただけの作りも多く、バールでこじれば簡単に外れた。
「だが・・・密室だったと報告されている」
　何故ＦＢＩの捜査官は見落とした？　地下室から屋内へ続くドアの鍵は壊されていた筈だ。錠が破壊されたドアがあれば、密室は成立しないのに・・・・。
　当然とも言えるヒイロの疑問へデュオが笑い出した。
「結果が分かってりゃ、誰でも同じ事を思うさ。どうしてチェックしなかったんだ？ってね。だけど、彼らにとって”家の中を行き来するドアの破損”は、施錠されていないドアと認識出来なかった」
　地下室も家の一部と考えれば、確かにドアの破損はたいした問題ではなくなる。たとえ、すべての現場で地下への扉が壊れていたとしても、気づこうとしなければ”見えない”のだ。
「じゃ、そういうことで・・報告書よろしく」
　謎がすべて解けてすっきりしたヒイロへ報告書作成を押し付け、デュオはソファベッドに深く沈んだ。正直、鎮痛剤の副作用もあって眠い。
「寝る前に、これにサインしてくれ」
　ペンと一緒に突きつけられた書類に、眉を顰めたデュオが唸る。
「ペン持てないんだ・・・」
　両手を見せ付けて逃れようとしたが、レイルは容赦しなかった。
「新しいＩＤの申請書だから、本人以外の代筆は禁止」
　恨めしそうに旧友を睨みつけていたが、諦めた様子でデュオはペンを左手に持った。元が左利きなのもあるが、ケガが右手より軽いこともある。読み終えた書類の最後にサインを施し、ぐったりとソファに倒れこんだ。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....