W2×1　【MiyabihimeA】

　机に頭を叩きつけられた。長く絡みつく己の髪を、激痛に赤く滲んだ視界で確認する。三つ編みにしている髪は、また解けてしまった。ブラウンの髪を掴んでいるデニーの手が、ぐいっと髪を後ろに引く。仰け反る形で、椅子に身を預けるデュオの両手を男は容易に縛り上げた。
「速やかな死を請うまで・・甚振ってやる」
　覚悟しろと宣言した男の影が、上向かされた顔の上にかかった。肋骨の亀裂が完全骨折になったかもな・・・ぼんやりする頭の片隅で考える。
「っ・・・ぐぅ・・ぁ」
　悲鳴すら漏れなかった。喉に張り付いた灼熱が激痛の叫びだと認識する余裕すらなく、右手を貫くナイフの鋭さに全身から脂汗が滲む。
「次はどこがいい？　安心しろ、拷問はお手の物だ」
　簡単に殺したりしない。
　弟を養う為に軍に入り、人殺しの技術を体得してから除隊して傭兵になった。より大金が稼げる傭兵を選んだのは、弟を大学へ行かせてやる為だ。たった一人残された肉親、自分より賢い弟の約束された豊かな未来を買えるなら、己の命など安いと思っていた。そこまで愛し大切に守ってきた弟は、名誉を汚され無実の罪で犯罪者の烙印を押され、自殺により永遠の魂は失われたのだ。
　嘆き悲しんだデニーが見たのは、重罪の咎を逃れた男が何食わぬ顔で生活する様―――これがアメリカの正義か？　世界の正義なのか！　ユダヤ教徒というだけで迫害され続けた民族の末裔は、世界の何もかもが許せなかった。
　罪人には・・・相応しい罰を！！
「まだ殺しはしない・・・」
　それは死を望むほど傷つけても、決して安息は与えないという意味だ。暗い心の闇に沈んだデニーの呟きに、デュオは激痛に霞む意識の端で罠をチラつかせた。仕掛けなら、この部屋での会話に散りばめてある。
「・・・殺せよ、そうすりゃ・・・ィツは・・」
　わざと語尾を聞かせない。人は不思議なもので、聞きたくない言葉を素通りさせるくせに、聞こえなかった言葉があると固執する。なんとか聞こうと努力するのだ。それによって聞こえた言葉の重要性など問題ではなかった。ただ、聞き漏らした事実に拘る。
「・・・今、何と言った？」
　右手を貫いたナイフを一気に引き抜かれる。両刃のナイフは刃を赤く染めながら、引き抜く際にも肉を切り裂いた。
「・・・ぐぁ・・・ぁッ」
　痛みに首を横に振る。当初の目的を忘れて、作戦も投げ捨てて、許しを請いたくなった。全身、痛まない箇所を探すのが難しいほど痛む。もう死んで楽になりたかった。
　デニーの言うまま、己の命で罪を償うのもいい。
「何と言ったのか、聞いているんだ！！」
　腰まで届く髪を手に絡めて引っ張るデニーの行為に、皮肉にもデュオの意識が呼び止められる。失いそうになった自我を張り倒す激痛を、歯を食い縛って耐えた。
「・・殺せっ！」
「その先だ！！」
　青紫の瞳が光を取り戻す。与えられた我を失う激痛が、確かにヒイロを救出する手段へと摩り替わった瞬間だった。
「・・・・イ・・が・・・すかる、なら」
　吐息に紛れさせるのに、演技すら要らない。苦しい呼吸の中で吐き出した答えは、きっとかなり聞きにくい筈だ。そして、聞こえた破片を脳内で継ぎ合わせたとき、己に都合のいい言葉に擦りかえるのも人間特有の愚かな行動だった。
　先を読め。
　もっと、相手を己のステージで躍らせ、思いのままに操る。その為の知識は嫌になるほど詰まっているだろう。今使わなければ、使う機会など来ない。
　大量の出血に朦朧とする意識へデュオは必死で言い聞かせた。
「なるほど・・・さっきの強気な態度はハッタリか」
　弱みを握ったと嗤う男が、デュオの耳元で囁く。
「あのヒイロと言う奴が、お前の弱点だ。そうだな！？」
「ぁ・・・違っ・・・」　
　焦った表情を作り、首を横に振って否定する。弱々しい動きながら、必死さだけを滲ませた言葉を・・・デニーは信じなかった。稀有な青紫の瞳を覗き込み、にやりと嫌な笑みを浮かべる。
「・・ア、イツ・は、かんけ・・ないっ！」
　くつくつと喉の奥を震わせて笑ったデニーが、ナイフ片手に立ち上がった。椅子に凭れるのもやっとのデュオを見下ろし、冷たく言い放つ。
「お前の目の前で殺してやろう」
　その瞬間――――連続殺人犯デニーは、完全にデュオの手に墜ちた。
　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

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　ユダヤ教徒は、教育こそ武器だと考えているそうです。その為、優秀な学者や芸術家を多く排出している人たちです。事実、アインシュタインもそうですし・・・。自分の子供に十分な教育を与えて立派なユダヤ教徒にすることが、親の徳（・・・日本的な表現ですみません）になるくらい、熱心に教育するらしい。
　そういった意味では、立派な平和主義者ですね。