W2×1　【MiyabihimeA】

　自分の目には見える犯人の軌跡が、証拠が、行動理由が、ＦＢＩ捜査官には見えていない。あまりに見当違いの捜査は、ヒイロの苛立ちと怒りを煽るのに十分過ぎた。そんな中に現れたのが、デュオだった。きっと彼にとっては小さな事件のひとつでしかない。記憶の片隅に残っているかどうか、５人を殺した犯人をあっさりプロファイリングで追い詰めた捜査官の姿を、ヒイロは忘れることが出来なかった。
　不思議と、彼のようになりたいとは思わない。同じように苦しめられている遺族や被害者を救いたいだけで、その手段を知っているデュオの近くに行きたかった。
　様々な大学や研究所からのオファーを断り、ＦＢＩに入ったヒイロを待っていたのは―――”死神”と渾名されながら、じわじわと腐っていく”天才”という名の残骸。両親の仇を討ってくれた頃と違い過ぎる彼は、どこか濁った目で自嘲を浮べた。
　死神の所以を聞いた今なら理解できる。彼は新たなパートナーの存在に、「またか」程度の感想しか持たなかった。目の前で起きている復讐劇の中で、死ねる可能性に魅せられ囚われたのだ。
「死にたくなければ、下がっていろ」
　銃を構える姿を見れば、相手の力量はある程度計れる。傭兵であったデニーの冷めた言葉は、淡々と吐かれただけに真実を秘めていた。すなわち、ヒイロの銃の腕では勝てない。
「やめとけ、ヒイロ。殺されるぞ」
　実際に銃口を向けられているデュオが眉を顰め、助けに入ったパートナーに忠告する。奇妙な状況に、再び月光が降り注いだ。明るくなった視界で、蒼い瞳を眇めたヒイロが叫ぶ。
「煩い！　お前は裏切る気かっ！！」
「裏切る・・・？」
　心外な言葉に表情を硬くしたデュオへ、ヒイロはさらに棘を投げつけた。
「自分を守ってくれた人の好意を踏み躙り、これから救う人達を見捨てて死ぬなら・・立派な裏切りだ！！」
　そうではない。
　ヒイロは自分でも分かっていた。彼に見捨てられたと思うのは、自分勝手なヒイロの我が侭でしかなく、叫んだセリフも建前なのだ。ただデュオに死んで欲しくないと―――思った。
「・・・３年前の今日、弟はコイツに殺された。復讐が終わるまで大人しくしていろ」
　デニーの銃口が、デュオからヒイロへ向け直される。プロの余裕なのか、牽制の視線をデュオへ送っただけで引き金を引き絞った。
　　パァーン！
　乾いた銃声が響き渡る。どさりと重たい音で転がった体から、じわりと血が滲んだ。
「・・・っ！」
　息を呑んだヒイロの上に、ブラウンの髪が散らばった。腰まである三つ編みが解け、２人を完全に包み込んでいる。撃たれた場所を確認しようとするヒイロを、赤く濡れたデュオの手が押しのけた。
「相手が、ちがぅ・・だろ、デニー」
「一緒に片付けてやる」
　どちらが先でも同じだ。嘯いたデニーの銃が、再びターゲットに照準を合わせる。
「・・・・・・・無理だ」
　掠れた声が絞り出したセリフと同時に、屋上は光に包まれた。月光の明るさを払拭する人工照明が、冷たいコンクリートから影を奪うほど向けられる。
　先日からの骨折に加え、銃弾によるケガで全身が震えた。赤い手を激痛に震わせるデュオは、サングラスを引っ張り出してかける。
　応援だった。すでに打ち合わせていたのだろう。ＦＢＩ捜査官が雪崩れ込んだ屋上は、緊張に包まれる。そこでようやく、不自然な警察署の静寂の意味を悟った。そして、夜は使わないサングラスを胸ポケットに入れた、デュオの不可思議な行動の訳も・・・・。
　我が身を餌にして狩人を誘い込むまでが、デュオの仕事。万が一デュオが殺されたとしても、ＦＢＩは頓着しない。逆に現行犯逮捕の理由が出来た、厄介払いが出来たと喜んだのだろう。
　眩しさに目を手で覆ったヒイロの視界で、ゆらりとデュオが立ち上がった。
「オレが撃たれるまで動かない約束だったけど・・・しゃーないか」
　ちらりとヒイロを見やる。
「ＮＣＡＶＣ期待の星が狙われてちゃ、見殺しに出来ない」
　スラング交じりに吐き捨てた。着崩した黒シャツの裾を僅かに捲って、ベルトから愛用の銃を引き抜く。ヒイロより余程慣れた所作で安全装置を外すと、躊躇いなく引き金を引いた。
　銃声と同時に、押し殺した苦痛の呻きが聞こえる。
　蒼い瞳を眇めて確認した先で、銃を弾かれて右手を押さえるデニーがナイフを取り出した。走り出す捨て身の攻撃を、デュオは冷めた眼差しで見つめる。
　動こうとしないデュオの足元に、ぽたりと赤い血が落ちた。ヒイロに見えるのはブラウンの髪に覆われた背中と、赤い血、そして連続殺人犯の必死の形相―――。
「ダメだっ！」
　伸ばした手が届かないと知りながら、ヒイロは叫んだ。
　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

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　ああ、絶体絶命のピンチです。デュオは殺されてしまうのでしょうか？！　とか、ちょっぴり煽ってみたり。
　そうそう。今回はヒイロが熱いですね。非常に人間味あふれる”いい子”です。普段とはちょっとテイスト違いで、これはこれで美味しい。本来のヒイロって、このくらい感情的でもいいよ。でもそれを押し殺すところに萌へ～ぇとしちゃうワケさ。←迷惑なほど偏った愛情；

【拍手コメント御礼】　匿名希望様・・・はい、推理は難しいです。楽しんでいただいているようで、本当に嬉しいです♪
　もるもっち様・・・寝酒ではなく、飲むヨーグルトにしてみました。結構チョーシいいデス。←なぜカタカナ？？？　珍しく愛されてるデュオだけど、いつもの１．２倍くらいに痛いです。精神的にも病んでるし、肉体的にもアチコチ壊れてて。意外と楽しんで書いてますが、やはり滲んでましたか？そこかしこに（笑