W2×1　【MiyabihimeA】

　当時、ＮＶＡＣＶは創立して間もなかった。期待の新人、天才と持て囃される男の失態を表沙汰にすれば、組織の存在意義自体を問われかねない。上層部の判断は手に取るように理解できた。
　しかし・・・それが新たな連続殺人犯（シリアルキラー）を生み出したのも現実だ。
「・・・ったく、オレを殺して満足してくれるなら・・」
　耳に届いた信じられない続きにヒイロはごくりと喉を鳴らした。
　―――殺されてやったのに。
　確かにそう聞こえた。吐息に紛れて掠れた声、痛みに青ざめたままの唇、泣き出しそうな彼の表情が、ヒイロから言葉を奪う。
　彼は自らの失態により招いた事態に、責任を取りたかったのだ。天才と煽てながらミスを隠す上司を信じられず、組織に背を向けた。糾弾されて罰を得たいのに与えられなかった子供は・・・歪（いびつ）に歪（ゆが）んで蹲るだけ。
　プロファイリングに嫌悪感すら覚えている。外部に放り出すことも出来ないＦＢＩは、このままデュオを飼い殺すつもりだ。じわじわと真綿で首を絞めるように、過去のミスに殺されていく男を・・・・。
「自虐に浸るのは勝手だが、お前の仕事は終わっていない。犯人を捕まえる為の囮になってもらう」
　突き放したヒイロの物言いに、デュオは「ああ」と小さく返した。
　勝負は今夜―――深夜過ぎに現れるだろう犯人を捕らえること。最後の殺人を食い止め、デニーを逮捕して始めて、今回の事件は終わる。
　窓の外はまだ明るかった。これから数時間後に起きる事件を思って憂鬱なヒイロを他所に、町は賑わいを増して行く。長い三つ編みを解いて編み直す男を視界の端に捕らえ、複雑な心を持て余すヒイロは唇を噛み締めた。
　
　夜になっても、警察署が静寂に包まれることはない。ざわめきに満たされた箱・・・まさにそう表現するに相応しい場所で、デュオは相変わらず煙草を咥えていた。
　簡単ながらヒイロの手でテーピングされ、骨の位置は固定した。だが添え木やギブスなどの固定具は使わない。いざという時、動けないと困るから・・・そう言って断ったデュオの覚悟に、複雑そうな顔でヒイロは引き下がった。
　太陽に代わって月が顔を出し、
「”死神”の所以を聞いても構わないか？」
　突然の問いかけと同時に、目の前にコーヒーが差し出される。外の自動販売機で購入したカップのコーヒーを素直に受け取り、穏やかな顔でデュオは頷いた。
「いいぜ。オレのパートナーになった奴はお前を除いて１１人だ。最初の頃はオレも熱くてね、結構無茶をした。学生時代からの先輩が１人、オレを庇って殉職したのが最初だ。次に組んだトムは交通事故死、それから続けて４人が自殺・・この頃にはオレと組むのを嫌がる奴が増えたな」
　当然だけどさ。
　苦笑したデュオがコーヒーに口をつける。砂糖もミルクもない、安いコーヒーがひどく胃に染みた。
　相槌すら打たないヒイロの無言が、心地よく感じる。こんな優しさもあるんだな・・・そう思って気づいた。他人に”優しく”されたのは、どのくらい振りだろう。
　一見すると愛想がなくて冷たくみえるヒイロは、誰よりも優しさを知っていた。与えることも知っているから、下手な慰めや同情をしない。デュオのように他人の好意を跳ね除けてきた人間の心へも、するりと入り込んでしまう。
「自殺が続いたんで、さすがに上層部もオレを調べたよ。だけど、原因が特定できないまま無罪放免でさ。次に組んだのは、現場たたき上げの優秀な女刑事・・・・連続殺人犯を逮捕する際の殉職だった。組んで僅か７日後だったな・・・この辺りから”死神”の渾名が定着したんだ」
　カップの中でぬるくなり始めたコーヒーを一気に流し込む。先ほどは感じなかった苦味が、口の中に広がった。ずっと視線を床に落したままで話すデュオが、ゆっくり顔を上げる。
　ヒイロの蒼い瞳は、ただじっと目の前の男を見据えていた。同情も、嫌悪も、責める色さえない。事実を事実として捉える・・簡単なようで難しいことを、平然とこなすヒイロにデュオは表情を和らげた。
「残る４人の内、１人は捜査中の殉職で２人が自殺・・・お前の前任者キースは名目上は殉職になってるが、実際のところは署内でオレに銃口を向けた挙句に暴発事故で死亡」
　最後のキースを語る瞬間だけ、痛みを耐えるような顔をした。
　その話はＦＢＩではかなり有名な話だ。外部やマスコミに漏れることはないが、裏では噂となって殆どの捜査官は知っていた。
　優秀な捜査官だったキースはある事件で犯人と間違えて、一般市民を撃ち殺してしまったのだ。その責任を取らされる形でデュオと組まされた。
　上層部が何を狙っていたのか、彼にとって死神とのペアは何を意味したのか。死の数時間前、キースは母親に電話をしている。”愛してる・・・”と、それだけを告げて切った。デュオに銃を向けた彼の心境は、本人にしか分からないだろう。
　・・・・死神デュオを殺せば自分は助かる、そう考えた可能性もあった。
　ＦＢＩ上層部はどちらを望んだのか。
　失態を犯したキースの死、それとも・・・厄介な荷物である死神デュオの死？　・・・・・組織に属する以上、この問題はヒイロも触れられぬ禁断の箱だった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

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　自虐デュオ・・・・う～ん、もっと深く抉ってみたい気もするが、間違いなく違う傾向の話になりそうなのでやめとく。今回は一応推理がテーマだったのに、ただのダークな捜査物になってないか？　いや、もう修正きかないけどね（苦笑）

【拍手コメント御礼】　もるもっち様・・・デュオが犯人？と思ってくれたのなら、それは狙い通り。警察に馴染まない自分勝手な捜査官、でもって犯人？みたいな感じにしました。まぁ、遠まわしには犯人と言っても過言ではないのかも・・何しろデュオの失敗が原因だし；　○イレとお友達・・・・・最近の私は微妙に疎遠です（・・・それも辛いのよ）