W2×1　【MiyabihimeA】

　声をかけられ「なんでもない」と返して、隣に座る。
　会議室はちょうど大学の講堂に似た配列だった。正面のモニターや白板の前に階級の高いエリートが座り、向かい合った先には机が整然と並ぶ。前に行くほどＦＢＩ捜査官や警部など上位者が座り、後ろでざわめいているのが現場を走り回る刑事達だろう。
　よくも悪くも、エリート達の端に座ることになったヒイロは、ゆっくりと状況を観察し始めた。配られる捜査資料も、前部に座る者ほど分厚いことから、下っ端には詳細な資料が行き渡っていないのだと知れる。
　・・・どこでも同じだ。
　実際に暑い町を歩き回って捜査し、危険に身を晒すのは現場の刑事だった。なのに涼しく快適な会議室で他人の成果を元に議論するだけの人間が、現場に情報を隠すメリットはあるのか。どんな情報であっても、現場に下ろすことを優先すべきだろう。
「捜査会議を始める」
　偉そうに宣（のたま）う本部長へ、次々と報告が齎される。それを無視して、ヒイロはひたすらに資料を読み込んでいた。お手並み拝見とばかり、デュオは椅子の背凭れに寄りかかってリラックスしている。
「・・・君の意見はどうかね？」
　突然振られたデュオは、しかし何も言わずに天井を見ている。何があるのかと視線を合わせたヒイロの目に飛び込んだのは、１匹の蝶々の姿だった。色鮮やかなアゲハ蝶を見つめるデュオは、名を呼ばれること３度目にして、ようやく視線を本部長へ向ける。
「どうせ、また勝手に捜査するんだろ。わざわざオレに聞くな」
　吐き捨てると、今度は手元の資料で折り紙を始めた。日系のヒイロにとって珍しくない折り紙だが、西洋人であるデュオが鶴を折る様子に正直驚く。
「それでも捜査官かっ！」
　叫んだ上司に、折り終えて膨らました鶴を手のひらに乗せて揺らした。
「アドバイザーだろ？　だったら、無駄な議論してる間に捜査しろってアドバイスさせてもらうよ」
　馬鹿にした口調に、会議室の奥で笑い声が起こった。それはデュオを嘲笑するのではなく、彼の人を食った態度を歓迎するムードに満ちている。
「静かに！」
　上下関係がはっきりしている警察機構で、上司の命令は絶対服従だ。ぴたりと笑い声が止んだ。
「仕事をしないのなら、出て行きたまえ」
「へぇ・・・・いいのか？」
　どこか嬉しそうなデュオの発言に、びくりと本部長の肩が揺れた。見る間に青ざめる顔色から判断するに、どうやらデュオの方が発言権は強いらしい。ヒイロは冷静に状況を見ながら、大人気（おとなげ）ないデュオの態度に肩を落とした。彼と一緒に組んでいる限り、本部長の覚えは最悪だろう。
「ま、いいや。給料分は働くさ」
　手のひらを返したように屈託なく笑うと、デュオは席を立ち上がる。中央の白板まで歩いてペンを手に取った。少し足を引き摺っている。そこに書かれた被害者のプロフィールや殺害状況を眺めた。くるりとボードを引っ繰り返し、裏の白面に大雑把な地図を描き始める。
「・・・こんなもんかな」
　呟いたデュオがペンを黒から赤に持ち替えた。
　描き出された地図は、大きな通りと主要な建物だけが記されたシンプルなものだ。そこに赤い丸をいくつか書き込み、線で繋ぎ始めた。


　ざわめきが支配する会議室内で、彼の書いた図の意味が理解出来ているのは、おそらくヒイロだけだろう。じっと図を見ていたヒイロが、ぽつりと零した。
「なるほど・・・」
　途端に前に座っているＦＢＩ捜査官の縋るような視線が突き刺さる。
「ここまでが給料分、あとはヒイロに任せた」
　説明せずに放り出して部屋を出て行く彼の背で、腰まで届く長さの三つ編みが揺れる。普段からこういった態度なのだろう。ＦＢＩ捜査官達の視線の意味を理解し、説明役を押し付けたパートナーを睨みつけた。
　後ろ手にドアを掴み、ちらりと視線を寄越したデュオ。口元が弧を描き、楽しそうな笑みだけ残して扉は締められる。
　そんなデュオを咎めるでもなく見送る本部の面々に、ヒイロはこれからの苦労を思って我が身を嘆くしかなかった。
　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

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　ＮＣＡＶＣはアメリカに実在する組織名からお借りしましたが、ＳＳＡという組織はおそらく存在しません。綾雅の造語です・・・；