W2×1　【MiyabihimeA】

　恐る恐る声をかけたヒイロの手が、長い髪を赤く濡らす男の背に触れる。ぬめる液体の生温かい感触に、びくりと指先が怯えた。何が起きたのか、まったく理解できない。シフェルが、デュオを、デスサイズで貫いた―――信じられない状況に、ヒイロはがくりと膝をついた。
「・・・っ、大丈夫か？」
　反射的に支えてくれたのは、デュオの腕だった。人間より冷たい肌が、さらに冷たく感じられる。神族の翼を持つことで、人間より体温は低くなったヒイロだが、触れた肌の冷たさに肌が粟立った。
「ゴメンな」
　謝るデュオの顔は心配そうに歪められ、しかし激痛による表情ではない。自分の腰に回された手から、順にデュオへ視線をずらしてみれば・・・・血に塗れた以外は平然としている使い魔がいた。
　膝をついて、倒れそうなヒイロを支えている。
「平気、なの・・か・・？」
「ああ、大丈夫。何も心配いらない」
　デスサイズは消えていた。
　シフェルはサリファの元まで下がっている。まるで何もなかったかのように、彼は主であり弟でもあるデュオへ緑瞳を向けた。
　黒翼がばさりと広がる。普段と違う羽ばたきの音に気づいたヒイロが、驚きに目を瞠った。３対６枚―――闇帝と同じ数の羽を広げ、デュオは表情を和らげる。
「封印を解くのに、どうしても必要だったんだ」
　額に落ちてくる唇が穏やかな気持ちを呼び起こす。触れただけで離れたキスを少しだけ、名残惜しく思ったヒイロが目を伏せた。悟ったように、そっと唇にも触れて離れる。
「絶対にオレから離れないで」
　こくんと頷いたヒイロを背に、デュオは真っ直ぐに上を見上げた。長身のデュオに隠されてしまい、敵の姿は見えない。それでもヒイロに恐怖はなかった。
　穏やかな日差しが、ブラウンの髪を金色に輝かせる。透けて届く陽光を浴びながら、ヒイロは目を細めて唇を噛んだ。まるで”彼”のような姿・・・・。
「さて・・と。どちらから死にたい？」
　上空に立つ２人の魔王を交互に見やり、死神は凄絶な笑みを浮かべた。そこに浮かぶのは絶対の自信だ。たとえ２人が同時に攻撃を仕掛けようと、ヒイロを守り抜くだけの力と覚悟が笑みを彩る。
「・・なるほど、それが貴様の本性か」
　先に口を開いたのは、五飛だった。
　僅かな汚れも許さない純白の衣装は、彼の潔癖さの象徴でもある。右手の青龍刀を翳し、隙のない身のこなしで構えを取った。
　隣で薄茶の髪を揺らすトロワの周囲は、カマイタチが渦を巻いて鋭さを増す。
「おれが先に行く」
　五飛が反論するより早く、トロワが飛び出した。風の刃が叩きつけられ、一瞬だけデュオの髪を掠める。ぱらりと落ちた髪を一瞥し、死神は左手を翳した。
《デスサイズ》
　呼び出された鎌の柄を掴むや否や、一気にトロワへ振り下ろす。しかし魔王の頭上で、デスサイズの刃は止められた。無造作に掴んだトロワの肌を僅かに切り裂き、赤い血がぽたりと地上の緑葉に垂れる。
「ちっ、狂風か」
　舌打ちしたデュオが右手に炎を呼び起こす。一瞬で白炎まで温度を高め、左手の鎌を引くと同時にトロワへ叩き付けた。それを五飛の青龍刀が切り裂いて散らす。
「おやおや、２人掛りとは・・」
　揶揄う口調は、五飛の自尊心を擽り手を引かせる為だったが・・・・彼の覚悟をデュオは読み誤っていた。黒曜石の瞳を爛々と輝かせ、闘志を全身に漲らせた魔王は青龍刀をデュオへ向けて横に薙ぐ。後ろへ下がって避けようとしたデュオだが、その場に足を踏みしめて刃を受けた。
　右腕を肩から肘下までざっくり切られ、服の間から肌が露出する。真っ白な手は血を流し、動かせないのか、だらりと力なく揺れた。
「・・・っ」
　噛み殺し切れなかった声が漏れる。髪を一房握るヒイロの手がびくりと揺れて、指の間から髪がさらりと流れ落ちた。翼に触れる体温が離れる。
「ヒイロっ、離れないで！」
「でもっ」
　すぐ後ろにいたから、デュオは刃を避けられなかった。もし自分がいなければ・・・そう思ったヒイロを引きとめる言葉に、反射的に口をついたが何も言えない。
「頼むから・・・・」
　縋るような声だった。
　迷った末、ヒイロは再びデュオの髪に指を絡める。
「後ろの人間を渡せ。何を躊躇う？」
　五飛が吐き捨てた命令に、くつりと喉の奥が震える。唇が三日月を描き、笑みは自然と口元を彩った。
　少し長い犬歯が唇から覗く。心の奥で飼っている野蛮で獰猛な獣が表に出ようとするのを、冷めた感情で見据えながらデュオは彼を嘲笑した。
「躊躇う？　冗談だろ。欲しけりゃオレを殺して奪え―――出来るのなら、な」
　左手のデスサイズが熱を帯びて唸りを上げる。高ぶったデュオの感情を察しているように、デスサイズの刃が光を弾いた。
　予備動作なく五飛へ翳した刃は、青龍刀で受け止められる。だが、デュオはそれを読んでいた。
《我が血を尊び崇め奉らん。我が敵を貫け！》
　古代神語による神呪が響き渡る。
　元神族のミカエルが息を呑み、反射的にレイルを巻き込んだ結界を張った。サリファを連れて下がっていたシフェルも、結界に全魔力を傾ける。
「五飛っ！」
　叫んだトロワの声は、笛に近い甲高い音に遮られた。
　光が弾け、闇が踊る。一瞬で周囲を破壊しつくした攻撃に、誰もが言葉を失い、我が目を疑った。
　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

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　おやおや、最終決戦みたいになってしまいました。
　でもまだ続くけどね（苦笑）
　いろんな意味で、結構長い話だなぁ・・・・ちゃんと読んでついてこれる人、何人くらい居てるんだろ？？？

【拍手コメント御礼】　もるもっち様・・・大変お待たせでした。新刊もＷｅｂも・・・やっと形になりそうです。デュオも珍しく苦戦してますね。さすが五飛＆旦那コンビ♪