W2×1　【MiyabihimeA】

　ヒイロは光皇ではない。そんな抽象的な過去の存在と同じと断じられるのは、デュオの感情が許せなかった。初めて見た時の輝きと、白い気配。美しい外見に見合う、艶やかな魂に魅せられたのだ。
　誰とも比べられない。
「事実だ」
　一言で決め付けた旧友を、青紫の瞳が睨み付けた。
　周囲の温度が高まり、足元の草花が枯れていく。風が鋭さを増してレイルの周囲で渦を巻いた。薄氷色の瞳を細めたレイルの周囲を、魔力が覆っていく。
　自らの身を守る為だけの結界は、以前の彼の魔力に遠く及ばない。レイル本来の魔力は上位にランクされるほど強く、それ故に傍観者に選ばれた際に周囲は落胆した。シフェルと並び立つ魔力の持ち主なのだ。
「ミカエル、離れてろ」
　傍観者となった時から、命は捨てている。選ばれた以上、傍観者としての立場を捨てることを許されない彼らには、失われる魔力や翼、霊力の代わりに得られる能力があった。過去と現在のすべてを一瞬にして見通す能力は、どの種族にも与えられていない。傍観者のみに限定されたものだった。
「否定したいのはわかる。だが・・・・事実は変えられない」
　長く世界を見続けたレイルの言葉は、すとんと胸に落ちた。納得は出来ないけれど・・・・。
「・・・デュオ」
　心配そうに呼ぶヒイロの声に、はっと我に返る。慌てて高ぶった感情を収めたデュオの視線の先で、白い羽を背負ったヒイロが手を伸ばした。ヒイロの翼が広げられ、羽の届く周囲は草花が茂っている。精霊を支配するデュオの怒りと苛立ちに焼かれた大地で、癒しを司る神族の羽は小さな命を守っていた。
「悪ぃ、感情的になった・・」
　素直に謝罪したデュオが膝をつく。焼かれた大地は黒く、まだ熱を帯びていた。肌に伝わる熱を無視して、見上げた主の手の甲に唇を押し当てる。
「・・・・ヒイロが光皇の魂を持っているから選んだんじゃない。オレは・・」
　わかっていると微笑んだヒイロに、しかし続きを告げることは出来なかった。
　　ピシッ、パシ・・・ッ。
　稲妻が踊り、視界で激しく弾ける。
「きゃぁ・・・っ」
　サリファが悲鳴を上げ、庇うようにシフェルが抱き込む。炎で結界を起こしたシフェルの緑瞳が、物騒な気配を宿して煌いた。彼の視線の先で、サリファの作り上げた緻密な結界が解けていく。
　中央に刺さった矢は、役目を終えると風に溶けて消えた。
　結界を強制的に解除されたサリファは激痛に冷や汗を浮かべ、切れるほど唇を噛み締める。気を失った体がシフェルの腕の中で崩れ落ちた。
「トロワか」
　舌打ちしたデュオが身を起こし、ヒイロを背に庇う。ヒュ・・・鋭い風切音を纏った矢は、真っ直ぐにヒイロへ向かっていた。
　青みを帯びた黒に視界を塞がれ、ヒイロはほぅ・・と吐息を漏らす。安堵の色を滲ませた吐息を背に感じながら、黒翼を開放したデュオは翳した右手を握った。手のひらに触れる直前で止まっていた風矢が消え、ふわりと微風になって長い髪を揺らす。
　風弓と風矢は、トロワの魔力により操られた精霊が形を成した武器だ。精霊達を統べる本来の主、神族の霊力の前では力を失う。本性に戻ることで足首近くまで伸びた髪は編み癖もなく、さらりと黒い羽に広がった。
「どういうつもりだ？」
　ヒイロに手を出そうとしたこと、自分に敵対する行動を起こしたこと。両方を纏めて尋ねるデュオが、上空に立つトロワを睨む。長い前髪を掻き上げ、トロワは剣呑な色を浮かべた緑の瞳を細めた。
「・・・その人間を渡してもらおう」
「―――従うとでも？」
　死神はくつりと笑う。
　トロワが動くということは、五飛が関わっているのは確実だった。２人一度に攻撃を仕掛けられたら、ヒイロを守りながら戦う”今の”デュオに勝ち目はない。とにかく時間がなかった。すぐに五飛が合流するだろう。
　左手を宙に翳し、簡略化した神呪を唱えた。
≪我が名の下、速やかに来たれ。デスサイズ≫
　紫藍の眼差しは鋭く、魔力が霊力と交じり合って渦を巻く。左手が掴んだ黒い柄はしっくり肌に馴染んだ。冷たく陽光を弾く刃は大きく、長身のデュオに匹敵する。
　背の翼を広げたデュオが、失神したサリファを守るシフェルへ右手を差し出した。
「封印を解く」
「しかし・・」
「反論は許さない！」
　強い口調の命令に、サリファを結界の中に置いたシフェルが立ち上がる。デスサイズの刃の下に立ち、長衣をゆったり捌いて跪いた。
「我が主の仰せのままに・・」
　頭を垂れたシフェルのブロンズ色の髪が、彼の顔を覆い尽くす。普段は髪に隠れて見えない首筋の傷が顕になった。
≪”マックスウェル”の名において命ずる≫
　飛んできた風矢が、シフェルの足元に突き刺さる。しかし彼は頭をあげようとしない。
　何が起きるのか不安なヒイロが、ぎゅっとデュオの髪を握る手に力を込めた。
≪崇められし愚かなる神と魔の楔、我が身を貫き、忌まわしき呪を散らせ≫
　ヒイロの蒼い瞳が見開かれる。
　音は何も聞こえなかった。
　目の前に広がる黒い羽が舞い散り、銀色の刃が視界に飛び込んだ。赤い物がべっとり己の身を濡らす。滑（ぬめ）る生温かい赤を、震える指で拭った。
　何が起きているのか――――理解できない。否、理解したくなかった。
　自分を庇うように立つデュオの背に、デスサイズの刃が突き抜けている。体の中央を貫いた刃は血に塗れ、禍々しい輝きを放っていた。そして、その刃の柄を握るのは・・・・・味方であり、デュオの兄であるシフェルだ。映る光景が信じられなくて、喉が「ひっ・・」と掠れた悲鳴を上げた。
　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

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　血塗れデュオさん♪　ヒイロは吃驚ですね！　そりゃーそうさ。もう驚きまくりでしょう。ところで、五飛はどこへ行っちゃったのかしら？　

【拍手コメント御礼】　もるもっち様・・・何しろ闇帝様は世界の創造主ですからね、天上天下唯我独尊！　我が道を行きまくり！！　ヒイロは今回悲惨（？）ですが、デュオは死なないからいいや。トロワと五飛が戦いを挑んだので、ちょっとばかり奮発しています。←後で意味がわかる、現在意味不明の解説（苦笑