W2×1　【MiyabihimeA】

　予想外の事態に誰もが驚いている。計画通りなら、今頃は祝杯の真っ只中だっただろうに・・・。
　２０４８の市民は助かったが、代わりに地球は最大の脅威に晒されている。そして地球だけでなく、被害は間違いなく月と全コロニーに及ぶだろう。
　スクリーンの中、青い待機を纏う地球が美しい。だが、この美しさは長く保たないかも知れないのだ。
　ラグラス船は隕石と衝突のチャンスを失い、隕石のショックを受け止めたコロニーは沈み始めた。ヒイロは険しい顔で、必死にラグラス船の軌道計算を再び始めている。
　―――俺の・・・ミスだ。
　後悔に浸る時間すらない現状で、それでも悔やまずにはいられない。、冷静になりきれなかった自分の甘さが、計算ミスに繋がったのだ。ほんの僅かな誤差で、船と隕石は擦れ違った。見落とした宇宙風を修正した計算式が目に痛い。
　他の連中は諦めたようだが、俺はまだ諦めていない。ミスは清算しなくてはならないのだ。
　カトルも五飛もトロワも、俺を責める言葉を吐かない代わりに、必死で対策を講じている。地球への被害を想定し、少しでも被害を少なくする事に全力を注いでいた。堕ちることを前提にした彼らの計算など要らない。落さない為に、俺はすべての能力を傾けているのだ。
　まだ間に合うかも知れなかった。
　地球の大気圏内に入る前に、コロニーとラグラス船をぶつける事が出来れば、衝突コースを変えられるだろう。最悪でも、コロニーの質量を減らすことは出来る。
　ＡＣ１９５年戦争のリーブラの時と同じ原理で、堕ちるコロニーの質量が減れば、その分だけ被害は小さくなる筈だった。
「・・・出来た」
　最後のキーを打ち終え、ヒイロは小さく漏らす。最後のシミュレーションを行い、トロワを呼び寄せた。
「これをラグラス船に送る。計算通りなら、落下コースを変えられる筈だ」
　示されたプログラムに、彼の顔色が明るくなる。
「・・なるほど」
　盲点だった方法に、相槌を打つトロワ。これなら・・・、もしかして？！　そう思わせるだけの説得力を持つプログラムだ。
「・・・実行する」
　実行の採決を求める時間はなかった。プログラムを、ラグラス船のシステムに送付する。通信回線から伝わった命令を受け止め、実行を待つシステムにヒイロの指がリターンキーを押した。
「ミスは己で清算する」
　唇だけの動きは、誰にも聞こえない。
　人類の命運は、このプログラムにかかっていた。もうミスは―――許されない。
　息を詰めて見守る中、船が動き出した。プログラムに導かれてコロニーを追う。地球の大気圏までのコロニーの距離が、スクリーンの右端に数値で表示される。どんどん小さくなる数字が、残酷な滅亡への秒読みに感じられ、誰もが目を逸らした。
　―――――瞬間。
　スクリーンは閃光に支配された。宇宙空間で起こった衝突に、コロニー内部の空気が爆発を起こしたのだ。爆音はない。伝達物質のない真空で、静かに爆発は収束した。
「・・・任務完了」
　ヒイロの小さな声に、トロワが我に返って振り返った。隣に立ち尽くす姿は、ふわりと倒れて床に崩れ落ちる。
「ヒイロ？！」
　床に倒れ伏す直前に抱きとめ、トロワはヒイロの口元に浮かぶ切ない笑みを見つめた。
　言葉がなかった―――何と表現すればいいのか。
　スクリーンには、バラバラになったコロニーと船の破片が混じり合って映る。それを喜ぶ連中の歓声が聞こえる中、トロワはヒイロを抱きとめたままで俯いた。
　自分のミスを命懸けで清算する。それがヒイロだと知っていたのに・・・気遣う心が足りないのだ。
　コロニーは著しく破壊され、なんとか落下を止めた。激突の衝撃で引力圏の隙間に引っ掛かったらしい。落ちた破片は多いが、大きさから見て燃え尽きてしまうだろうと推測される。
　そして―――地球は助かった。
　最悪の事態を免れたことを喜ぶ人々を横目に、カトルと五飛が駆けつけてきた。痛ましいヒイロの姿に、素直に現状を喜べなくて・・・ただ沈黙を守る。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

---

【拍手コメント御礼】　もるもっち様・・・１対の翼であることに意味があるのではなく、現在１対だとしたら？？？　と言う意味です。いずれ増えちゃったりして（笑