W2×1　【MiyabihimeA】

「違うわ、八つ当たりじゃない。。だって彼らにも罪はあるんですもの。ガンダムのパイロットであるあなたを、英雄扱いしている・・・これは重大な罪だと思わない？　平和を齎した少年達？　何を馬鹿な事言ってるのかしらね。所詮《人殺し》でしかないのに！」
　人殺し―――特に力を込めて言われた単語に、デュオは息を呑んだ。其の通りだと思う。自分を人殺しだと思わない日はないほどに、身に染みてわかっていた。
　それでも後悔はしていない。後悔して、前に進む事を躊躇い・・・未来のすべてを拒絶したら、自分が殺した人間に申し訳がないと思っている。だから悪いと思っても、それを後悔にしたくなかった。
「・・・・・」
　何もいえなくなったデュオに、サラはいきなり笑顔を向けた。まるで今までの会話を忘れてしまったかのように楽しそうな微笑みは、次の言葉でその意味をデュオに伝えてくる。
「そう、大切な報告があったの。Ｌ２のシステムをいったん戻したわ。交渉の前に全員死んでしまったら、コロニー議会も冷たい返事しかくれそうにないから」
　デュオの驚愕の表情を見つめ、ふわりとスカートの裾を翻す。
「Ｌ２の支配権さえ寄越せば、システムなんて何時でも元通り戻してあげるのに・・・」
　とんでもない言葉を吐く唇は、桜色の柔らかいリップに彩られていた。とてもそんな恐ろしい計画を口にしているとは思えないほど、優雅な笑みを浮べている。
　もう、デュオ言葉は彼女に届かなかった。
　狂って、狂って。
　清らかな狂気の中に生きるサラには、夢の中のアーヴィンとシュレンがすべてなのだ。
　デュオはもちろん、生きている他の人間の言葉は、彼女にとって少しも意味を持たない単語の羅列に過ぎないのだろう。
　手に取るように解かる。ヒイロを失えば、デュオも同じような狂気の中で生きて行く事になるだろうから。
　理解は出来る。だが・・・彼女の生き方は、他人を巻き込み過ぎた。このまま放っておくことは出来なかった。

◆◇◆
　カトルはうんざりするほど繰り返した会議のないように、過ぎていく時間を感じて苛立っていた。
　スイーパー・グループのトップ、フェリス・ナシルの名で声明が入ったのは、つい１時間ほど前だった。
　事実上、サラ・ミレイユの意思を伝える声明は、《Ｌ２コロニー群の支配権を寄越せ》と言った趣旨のものだった。Ｌ２コロニー群の人間を救いたければ、支配権を寄越せと言うのだ。そんな無茶が、はいそうですか、と通るくらいなら政治家など必要ない。
　コロニー議会の誰もが、言い出した奴に責任をなすりつけようと、手薬煉（てぐすね）引いて待っている状態なのだ。
　このままでは埒があかない。
「・・・わかりました、責任は僕が取ります。その代わり全ての識見を預けていただけますね？」
　先ほどから主張している《救助》を前面に押し出してのカトルの決断に、しかし周囲の老人達はケチをつける。そんな時間的余裕はない・・・というのに、だ。
「他に解決策がありますか？　Ｌ２の支配権は渡せない、市民は助けたい。その２つを叶えるには、多少の危険は当然のリスクとして負うべきです！」
　これ以上の討論は無駄とばかりに、カトルは席を立った。会場のすべての視線が集中する。
「ガンダムのパイロットがすでに動いています。彼らの邪魔だけはしないでください」
　ざわざわと広がる騒ぎを無視し、さっさとカトルは会場を出た。
　平和なＬ４の作られた青空は、今日もキレイだ。だがＬ２にいる市民は、いま濁った空を見上げて呼吸すら苦しい状況に置かれている筈だった。
「会議なんてしている暇はないんです」
　呟くと、ウィナー家本社ビルへ車を向けるように指示を出し、眉間を強く押えた。疲れはピークに達し、それでもカトルに休む猶予は与えられていなかった。

◆◇◆
　最初に気づいたのは、ヒイロだった。Ｌ２コロニー群付近の宇宙風の影響を計算している段階で、観測衛星の情報を取り入れたからだ。
　ふと気になったのは、本当に偶然。観測衛星が危険と判断するには、あまりに小さな隕石だった。普段なら確かに危険はない。衛星がアラームを鳴らさないのも当然だ。しかし今は別だった。
　いくら宇宙で安定しているラグランジュ・ポイント上とはいえ、現在のコロニーには維持システムが働いていない。少しの衝撃でも、均衡を崩してしまうのだ。引き摺られる先は地球しかなかった。
　Ｌ２コロニー群のあるラグランジュ・ポイントと地球の重力圏はギリギリの状態で位置している。
「トロワ、カトルに連絡してくれ！　Ｌ２のコロニー２０４８が堕ちる！！」
　ヒイロの分析していた画面を覗き込み、トロワもすぐに状況を把握した。慌てて端末の回線を開く。
　間に合うか。
　かなりのスピードで地球へ向かうコースに乗った隕石は、本来ならＬ２の２０４８コロニーに当たったとしても、コロニー自体は自動的に位置を修正する。隕石は地球の重力に引き寄せられ、そのまま大気圏突入時の摩擦熱によって燃え尽きるのが、ほとんどだった。
　地球に影響を与えるような大きさの隕石ではないのだ。
　緊急コールは、すぐに受け入れられた。
「五飛、Ｌ２が地球に堕ちる！　カトルと対策を協議したい。すぐに呼んでくれ」
　カトルの元に残った五飛が出た途端、ヒイロはトロワを押しのけて叫んでいた。


　事態は最悪の方向へと進み始めた。
　サラ・ミレイユの思惑通りに・・・・。
　　　捕らわれたデュオ―――血の止まらない傷。
　　　生命維持システム―――まだ生きている市民。
　　　Ｌ２に向かう隕石―――地球へと堕ちるコロニー。
　人類への試練はどこまで過酷なのだろうか。
　たった１人に踊らされる地球とコロニーの運命は、ガンダム・パイロット５人の少年たちが背負うには・・・あまりに重過ぎた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....