W2×1　【MiyabihimeA】

「・・・あとで怒られるぞ」
　くすくす笑いながら寄りかかる恋人の肩を抱いて、デュオは苦笑した。逃げ出す時に協力して、他のエージェントの目を引き付けたヒイロのセリフは、共犯者のものとは思えない。
「いいじゃん。今日は桜を見に行くんだから」
　額に接吻ければ、擽ったそうに目を伏せるヒイロが可愛くて、デュオは満面の笑みでシートに身を沈めた。拾ったタクシーは幸いにも無人タイプで、自動操縦だから行き先をセットするだけ。
　季節柄なのか、桜の名所と呼ばれる公園には花のマークが付けられていた。

　タクシーを降りれば、目の前は一面の綿菓子だった。ピンク色でふわふわした雲のように見える。
「・・・・凄いな」
　ぽつりと呟いたヒイロの目は釘付けで、言葉を発したことにすら気づいていないかも知れない。当然デュオも同じ状態で・・・。
「話に聞くのと、実際見るのとじゃ、こんなに違うなんて」
　すでに花見の宴会も終わった時間帯。誰も居ない深夜の公園を２人で歩く。足元ではなく、空を一面に覆った桜を見つめながら、ゆっくりと歩を進めた。
　ぶるっと身を震わせたデュオに気づき、ヒイロは眉を顰める。
「おまえ、上着はどこへやった？」
　一瞬視線を泳がせたデュオも、腕の中でじっと見上げるヒイロの蒼い瞳に、諦めた様子で口を開く。
「・・・さっきの騒ぎで脱ぎ捨てました」
「どこへ？」
「ビルの階段上る前・・・邪魔だったから、ホールに」
　言い淀んだ部分に隠された言葉に気づいて、苦笑が浮かんだ。
階段を上ろうとしたデュオの腕は、すでに血で濡れていたのだろう。シャツの上から張り付く上着の不自由さに、銃を持つ腕が拘束されるのを嫌った。
命を取るか、上着を取るか。
単純すぎる選択肢だ。その後拾い忘れたのは、単純にデュオのドジだとしても。
「寒いのか？」
意地を張ってもしかたない。軽く肩を竦めたデュオの腕が、ヒイロを強く抱き締めた。
「少し・・ね。でもヒイロが居れば暖かいから」
　考える素振りを見せたヒイロが誘導するまま、近くの桜の木の幹に寄りかかって座る。
縛って止血しただけの右肩を包み込むように触れたヒイロの手は、触れた瞬間に引っ込められた。触れることで痛みを呼び起こす事を厭うた様に感じ、デュオは笑ってヒイロの手を掴む。そのまま傷の上に置いた。
「痛むのだろう？」
　不思議そうに問いかけるヒイロに、ゆっくり首を振った。
「そうでもない」
　上を見上げれば、月明かりを木漏れ日のように降らせる桜が満開だった。満月の月光を受けて、真っ白な花に見える。
「桜って、白いのかな？　桜色ってピンクだろ、なんで白く見えるんだろう」
　別に答えを求めたわけでないデュオの呟きに、ヒイロは記憶を探った。どこかで、桜に関する話をした気がする。
「桜の下には、死体が埋まっている」
　物騒な言葉を紡ぐ唇を、呆然とデュオが見つめる。さっきまで桜に見惚れていた眼差しは、優しい色でヒイロに注がれていた。
「何？　物騒だな」
「いつだったか、そんな話を聞いたんだ。確か、“本当は白い花で、死体の血を吸ってピンク色に染まる”のだと―――」
「ふぅ～ん」
　感心したようなデュオの追従に、ヒイロは視線を上げた。真っ白に見える花びらが、風にはらはらと舞い落ちる。
「本当かどうか知らない。どちらかと言えば、御伽噺や迷信に近いのだと思うが・・・」
「案外本当かもな」
　立てた肩膝の上で両手を組んだデュオは、舞い落ちる花びらを目で追う。
「この桜は来年、オレの血で咲くかもよ？」
　ウィンクをつけてヒイロを揶揄えば、くすっと笑った恋人が傷に手を伸ばした。
「だとしたら、与える血が足りないんじゃないか？」
「あんまり与えると、オレが干乾びちゃう」
「軟弱だな」
「お蔭様で。死神が失血死したら、格好悪いだろ」
「ああ、困る」
　お互いに顔を近づけ、軽く唇を啄ばみながらの言葉遊びは、ひどく楽しくて。
　こんな相手がいることに、心の底から感謝した。
「見ろよ。桜じゃなくて、満月の欠片が降ってくるみたいだ」
　見上げた先は、月光で輝く花びらの雨―――美しい光景は、確かにデュオの言葉を肯定していた。
地球でしか見られない贅沢な景色、満たされた時間が過ぎる。
「ロマンチストな奴だ」
　ヒイロの微笑みに魅せられながら、深く唇を奪う。
「来年も桜を見に来ようぜ」
　いつの間にかキスが終わったのだと、デュオのセリフで気づく。頷いた直後に、デュオに抱きついて唇を重ねた。
　びっくりしたのか、目を見開いた恋人の肩に顔を埋めてくすくす笑い出す。ヒイロの悪戯に、青紫の瞳が細められた。
「油断し過ぎだ、デュオ」
「いつだって、ヒイロならウェルカムさ」
　黒髪に落ちた花びらを指先で払うと、デュオは左手を上に伸ばす。
「届きそうな気がする」
　何に、と聞かない。
　桜ではなく、舞い落ちる月の欠片を抜けて・・・
　　　　―――美しすぎる魔性の月。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 ＥＮＤ．

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　ガンダムWが大好きだった彼女のご冥福を祈りつつ・・・・。

　初版：2006/05/04（№77）
　再版：2009/02/01（№93）