W2×1　【MiyabihimeA】

　要人護衛の任務も終わり、ヒイロは肩の力を抜いた。パートナーを組んだデュオの声が無線から聞こえる。
　彼の実力は折り紙つき。ついでにお喋りも、ヒイロへの執着も、人一倍の男だ。
「・・でさ、近所に桜の綺麗な名所があるんだってよ。一緒に見に行こうぜ」
　パーティの合間に、誰かから聞き込んだ情報なのだろう。少しの雑音と一緒に飛び込んでくる声は、耳に心地よかった。
「・・・わかった」
　承諾を伝えてやれば、嬉しそうなデュオの返事が届く。機嫌よく笑っている姿が脳裏に浮かび、甘くなった自分に苦笑した。
　以前は彼のこういった言動が鬱陶しかったのに、今では心地よく受け止めている。１１年の心境の変化に、自分でも驚くばかりだった。
　黙って立っていれば、人目を引く格好いい男だ。一度待ち合わせに遅れた時は、たくさんのナンパを無視するデュオの外見の魅力を再認識した。
　ひとたびヒイロが絡めば、途端に子供のように我が侭になるデュオの、外見に惚れた訳じゃない。整った顔だけなら、他の奴でもいい。
　ヒイロが望んだのは、自分と似た魂―――誰よりも心を共有できる存在だった。寂しいのに泣けないんじゃなく、寂しいことにすら気づけない。
　誰よりも自分に近い人、そして自分が持たない物を持っている人が、デュオだったのだ。
　戦争が終わって呆然としていたヒイロは、自分の存在意義と価値を見失ってしまった。手を差し伸べてくれたのは、デュオ一人だ。
　ガンダム・パイロットのヒイロ・ユイでなく、１５歳の子供に過ぎないヒイロを求めたのは、彼だけだった。それが嬉しくて、擽ったくて、ちょっと不思議で・・・。
「外相の見送りはオレがやるから、ヒイロは中に入ってろよ。少し冷えてきた」
　インカムから届いた心配性の恋人の声に、擽ったい気持ちが広がる。感情の名前なんて知らないが、不快に思わない自分が嬉しかった。
　以前なら、デュオの心配も鬱陶しいだけだったのに、感情とは現金な存在らしい。
「ああ、そうさせてもらう」
　白いシャツだけのヒイロの体は、少し冷えている。春先と言っても、まだ肌寒い季節だ。庭を見回る間に体温は奪われていた。
上着を持ってくれば良かったのだろうが、ヒイロは薄着を好んだ。上着に腕や肩の動きを制限される事を嫌うのだ。もともと体温の低い方だが、ぞくりと背を走った冷気に身を震わせた。
　風邪を引く前に、室内に戻ろう。
　デュオ相手に意地を張るつもりはなかった。何より意地を張った後の彼の拗ね様は凄くて、思い出すと苦笑が浮かんでしまう。幼子さながら「気に入らない」と態度に出してごねる。
　あの姿は、２６歳にしては幼すぎた。そんな男の仕草すら、擽ったい感情と一緒に受け止めている自分がいる。笑みが口元を彩り、ヒイロの緊迫した気配が散じる。
　ふっと表情を緩めて歩き出し、ドアに手を掛けた瞬間だった。
「避けろっ！」
「早く、車を出せ」
　口々に叫ぶ声が遠く聞こえて、ヒイロは反射的に建物の中に駆け込んだ。ガシャンと後ろのドアが、乱暴な扱いに抗議の音を響かせる。
パーティーの後の散らかったホールを走り抜け、玄関ホールへの扉を開く。数人のＳＰが銃を抜いている緊迫した状況に、素早く視線を走らせた。
外相はすでに車の中だ。走り出した公用車は、防弾ガラスが使用されているので、これ以上の危険はないだろう。狙撃されても心配は要らない。
　見回したホールの片隅に、血溜まりが出来ていた。近くに蹲っている男の血だろう。ダークブルーのスーツは派遣されたＳＰの制服だ。外相を庇って撃たれたのかも知れない。
　慌てて救護する数名の男達、玄関ホールのガラスが砕けて飛び散った中を走り回る関係者･･･。
　ヒイロが眉を顰めた。
―――デュオがいない。
外相の車へ一緒に乗り込む筈はない、何故ならヒイロとデュオの任務は、外相が無事会場を出るまでだった。それ以後の警護は、彼らの仕事ではない。
　だとしたら、デュオが居ない理由は何だ？
「デュオ」
　インカムに向かって声を掛けても、砂嵐のような小さなザザーという音だけ。耳慣れたデュオの声は聞こえない。
「すまない。警護のＳＰで三つ編みの男はどこへ行ったか、知っていたら教えてほしい」
　目の前を横切るＳＰを捕まえて尋ねれば、彼は顔色を変えて外を指差した。
「止めたんだ！　でも彼は外へ駆け出して･･･きっと犯人を捕まえる気だ」
　ここまで聞けば十分だった。どうやらインカムの届く半径１００ｍの範囲を、超えた場所に居るらしい。
　また、一人で暴走か。
慎重に行動しろと、いつも言い聞かせているのに、デュオの無鉄砲さは直らない。
　舌打ちしたヒイロに何を思ったのか、ＳＰは小声で付け加えた。
「彼も怪我をしている･･･」
「・・・ッ！　それを早く言え！」
「すみません」
　思わず謝ったＳＰはびくりと肩を竦ませた。無視して走り出したヒイロは、先ほどＳＰが指差した方角を確認する。
この迎賓館の玄関ホールを直接狙撃できる場所は限られていた。事前にデュオと打ち合わせた際に、周囲の狙撃可能な地点の割り出しを、綿密に行っていたのが役に立つ。
南玄関に立ち、斜め右側からの狙撃―――あのビルだ！　大企業の本部ビルの３階から６階の間だろう。３階より下の窓は開かない。６階より上のフロアからでは、角度がきつすぎて車中の人間を狙えなかった。
突然の狙撃にあたふたしている現場を無視し、ヒイロは走り出す。少し肌寒い春の風が、黒髪を揺らした。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....