W2×1　【MiyabihimeA】

　血に塗れて廊下を歩けば、さすがに他の職員が顔を顰めた。
　”死神がまたやった・・”そんな呟きも聞こえる中を、デュオは平然と歩く。俯く必要はなく、何も恥じるものはなかった。死神は今更で、そうやって”おキレイなフリ”をしている奴らだとて、所詮は同じ穴の狢（むじな）に過ぎない。
　自分でも壊れていると思うのは、こんな時だ。
　人を殺した罪悪感がないのは、そんな感情を植えつけられる前に手を汚したからだろう。だけど、他人が向ける感情に無頓着であり、まったく左右されないのは―――人間として失格かも知れない。集団生活をするのが常だと考えれば、はみ出す存在は排除の対象足り得えた。
　まあ、簡単に排除される気もないが・・・。
　濡れた前髪を掻き上げながら、くつくつと喉の奥で笑う。タオルで拭いて、ジーパンを穿いた。まだ背を伝う髪の水を、乱暴に拭っただけで部屋に足を踏み入れる。
「・・・・水だ」
　飛んできたペットボトルを受け取り、フタを投げ捨てる。ゴミ箱に入ったのを確認するより早く、ぐいっと煽った。冷えた水が喉を通る感触が、ひどく心地よかった。
「サンキュ、ヒイロ」
　礼を言って、ふと気づく。
　そういえば、ヒイロは顔を顰めなかった。デュオの殺人癖へ文句をつけることはあっても、触れることを嫌がったり、嫌悪を滲ませることはない。思い返せば、先ほどもそう・・・・。
「なぁ、ヒイロ」
「・・・・・？」
　小首を傾げて振り向くヒイロの整った顔に、にっこりと笑顔を向ける。作った表情だと知っているヒイロが、鼻に皺を寄せる仕草を見せた。
「おまえって、オレが怖くないの？」
「怖い？」
　怪訝そうに繰り返す声に、不思議そうな響きが滲む。ほぼ無表情に近い顔は、まるで人形のようだった。整ってて人好きするのに、もったいない・・・見当はずれな感想を持ちながら、デュオは再び同じ言葉を繰り返す。
「誰だって死神は嫌だろ。それも血塗れでさ・・・ヒイロは怖くないのかな？　と思ったんだ」
　目を見開いたヒイロが、口元を押さえて笑い出した。
「何を言うのかと思えば、くだらないな」
　一言で切って捨てられ、むっとした顔で唇を尖らせる。そんなデュオの抗議に、ようやくヒイロは笑いを収めた。黒髪を掻き上げ、口元に微笑を刻む。
「怖れる理由がない」
「理由？」
「殺人者と言うなら、俺も同じだ」
　デュオは青紫の瞳を数度瞬かせ、ゆっくりと全身から力を抜いた。そんなつもりはなくても、ヒイロの返答を待つ間に緊張していたらしい。
「戦争なんてなきゃいいのに・・・・とか、思ったことがないと言ったら嘘だけど―――」
「無駄だ」
　ヒイロは即座に否定した。
「戦争がなければ、俺もお前も存在しない」
　エージェントとしてはもちろん、１７歳になるまで生きていないだろう。拾われ育てられた理由がエージェント教育の為であり、ガンダム・パイロットしての適性や人殺しの才能であるなら、戦争がなければヒイロとデュオの存在意義自体が消滅する。端的な指摘に、デュオが俯いて溜め息をついた。
「そっか・・・そうだよな」
　夜明け色の瞳が映し出す白い手―――赤い血で汚れる度に、”戦争の所為だ”と思いたかった。実際は違うと知っているくせに・・・・戦争という大義名分で許されたかったのだ。
　おそらく、戦争がなくても人を殺した。生きる為に、己を証明する為に、この手は赤く染まった筈・・・・。
「死神だから生きている、違うか？」
　珍しく饒舌なヒイロに、デュオがようやく笑みを浮べた。それは作った顔で、彼の癖のように張り付いた表情ではあったけれど・・・僅かな本心が滲んでいる。
「確かに、１９５年を戦い抜いたから生きてるし・・・・・こうして、ヒイロを抱き締められる」
　伸ばした手に、素直にヒイロが近づく。抱き寄せて黒髪に唇を落とした。当時は同じだった身長も、人種の差なのか。今は１０ｃｍほどデュオの方が高い。顎に手を掛けて上向かせ、頬や額にフレンチキスをプレゼントした。赤く色づく唇を深く重ねて奪う。
「愛してる」
　囁いた腕の中の温もりを逃さないよう、キツく力を込めた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

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　このシリーズは、わりと長めに書いています。
　一見すると、どうでもいいんじゃない？！　みたいなシーン満載ですが、自分なりに今は模索中なのでお許しあれ。もう少し文才が欲しい・・・そこらに落ちてないかな？（苦笑