W2×1　【MiyabihimeA】

　その路地を通ったのは、まったくの偶然だった。気まぐれといってもいい。裏路地にあったビルが崩れた噂を聞いていたから、少し回り道して見てこようと思ったのだ。
　饐えた臭いの充満する道を、咥え煙草でブラつく赤毛の青年は、ちらりと後ろを窺った。治安が悪い地区だが、それを心配してのことではない。少し離れてついてくる気配を気遣った為だった。
　情報組織『ＤＡ』―――兄から受け継いだ組織とトップの地位は、軽くない。護衛なしで歩ける身分ではないのだ。Ｌ２のスイーパーと同じく、急激に勢力を伸ばしている組織は、１９６年の現在時点で地球を除くすべてのコロニー群を網羅していた。
　情報操作に関しても、その選別能力やソフト開発でも、レイルは常に業界のトップだった。基盤となる能力や基礎は、ＤＡを創立した兄譲りだ。今は亡き兄・・・たった２人きりの兄弟だったから、もう親族はいない。厳密に言うなら親戚はいるのだけど、レイルは彼らと同じ血を持つことを呪っていた。
　あんな連中、生かしておく価値などない。
　ふぅ・・・思い出した不快な感情に区切りをつけて、大きく息を吐き出す。短くなった煙草を捨て、新しく１本取り出した。ポケットから取り出したのは、今時珍しいマッチだ。擦ると硫黄特有の臭いが一瞬だけ広がる。ポケットに手を入れた際、触れたライターを一度だけ握り、すぐに離した。冷たい感触に目を細めて、火をつけた煙草から吸い込んだ紫煙を吐く。
　殺伐とした気配を纏いながら、生きている自分を嘲笑った瞬間・・・レイルは聞こえた声に眉を顰めた。甲高く悲鳴に似た声は、子供か女性だろう。襲われること自体は珍しくない。こんな裏路地を女子供だけで歩いていれば、必ずターゲットになるのが今の世の中だった。
　いくら戦争が終わり、連合軍がいなくなったとしても・・・・それで治安が回復するわけじゃない。戦争が終わったことで、あぶれた軍人崩れが増え、逆に危険になったと言っても過言ではなかった。
「・・・・・しょうがねぇな」
　苦笑して踵を返す自分を甘いと思いながら、それでもひとつ先の路地を曲がる。この先は少し行くと、Ｔ字路になっている。記憶を辿りながら先を見れば、１人の栗毛の子供が座っていた。その周囲を数名の男達が囲んでいる。どうやら子供を売り払うか、それとも女なら連れ去るつもりだろう。
　背のベルトから無造作にナイフを抜き、手の中で軽く投げて受け止める。慣れた仕草は、レイルが物騒な世の中を生き抜いてきた証拠でもあった。
「こっちに来いって」
　下卑た笑いを浮かべて手を伸ばす男に、一応声をかけてやる。
「あのさ、ソイツはおれの連れなんだけど？」
　にっこり笑って愛想よくしながらも、右手のナイフは隠さない。短く刈り込んだ赤毛によって、裏の業界でレイルは”赤い悪魔”と呼ばれるほど有名だった。だが、その顔を知っている者は少ない。
「邪魔するな！」
「こっちが見つけた獲物だ！」
　口々に叫んで銃を抜いた彼らだが、トリガーを引くことは出来なかった。手首から銃ごと切り落としたレイルが、赤毛に飛び散った鮮血を左手で拭う。鋭い切れ味を見せたナイフをぺろりと舌で舐め、わざと相手の恐怖心を誘ってみせた。
　にやりと笑みを浮かべ、軽く首を傾げる。その姿は友人である、死神デュオに似ていた。
「まだやるか？　おれは別に構わないぜ？」
　聞き苦しい仲間の悲鳴に怖気づいた男達は、引き攣った顔で後退る。その１人が足元に転がる銃を拾い上げ、仲間の手首を振り払うとトリガーを引こうとした。その直前、レイルの背後から銃声が響く。
　頬ぎりぎりを通過した銃弾に目を細めたレイルが振り返れば、護衛の少年が肩を竦めて見せる。レイルより幼い彼は、その銃の腕でＤＡトップクラスだった。情報組織といえど、護衛などを担当する実行部隊は所有している。
　叫びながら走り去る男達に見向きもせず、赤毛を掻き毟った青年は溜め息をついた。
「ご苦労さん、キリ」
「・・・・レイルさん、自分からトラブルに首突っ込むのは止めてくださいよ」
　苦笑するキリの頭を軽く叩いたレイルは、真っ赤に染まった右手のナイフを振って血を拭うとベルトにしまった。同時に座って、栗毛の子供に向き直る。
　まだ怖いのか。助けに入ったレイルに脅えているのか。少年は震えながら俯いていた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

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　あらら・・・脅えていますよ。
　というか、金髪に近い栗毛なんだけど・・・暗い場所だと栗毛に見えるのね（笑