W2×1　【MiyabihimeA】

　言外に”脅し”ではなく”本気”だと匂わせるデュオから、殺気は一切感じられない。それこそが五飛とヒイロの危機感を煽った。
　同じ戦場でデュオと共に戦った者でなければ、知らない事実だ。本気でデュオが相手を殺そうとするとき、その気配に殺気は混じらない。殺伐とした空気を纏っている間は、まだ大丈夫なのだ。逆にデュオから一切の殺気が消えた時こそ、本当の意味で危険だった。
　死神と渾名される彼の左手は魂を狩って、それでも背負うべき罪の価値さえ失われるのだろう。
「やめろ･･デュオ」
　止めに入ったヒイロを一瞥したデュオの瞳が、切り付ける鋭さを纏う。
「邪魔するなよ、ヒイロ」
　名を口にする唇が、残忍な笑みを刻む。我を失っているのとも違う、どこまでも正気でありながら狂気の中に佇む姿は、恐怖と同時に荘厳さすら感じさせた。人外とでも言おうか、不思議な空気を纏って嘲笑う。
　トリガーの指に力が込められ、誰もがアルフレッドの死を覚悟した。
　しかし―――。
　叩き落された銃に、デュオが捻った左手首を右手で覆う。死神の引き金を遮ったヒイロは、無言で恋人を睨みつけた。長い三つ編みを背に弾き、眇めた青紫の瞳に怒りを揺らめかせる。
「・・・・勝手にするさ」
　踵を返したデュオの冷たさは、普段の彼らしくなかった。戦場での死神さながらの冷淡さで身を翻した後姿へ、アルフレッドが止めを刺す。
「ヒイロさん、告白の答えをいただけますか？」
　聞きたくないと足を踏み出したデュオの背を、ヒイロはじっと見つめていた。こちらを振り返って欲しいと願う心に気づかないのか、デュオはだんだんと離れていく。アルフレッドの声が耳に入っても、答えようと思わなかった。
「・・・・・・・・」
　何を言おうとしたか、自分でも分からない。それでも離れていくデュオへ手を伸ばした。届かなくて必死で足を進める。
「デュオっ」
　デュオの足が止まるが、それでも振り返ろうとしない。そのままドアに手を掛けて、デュオは外へ出ようとした。震える手で後ろから抱きつく。
「・・・・離せ」
　そんな声で拒まれたことなんてない。震えが感じられるのに、声や覗き込んだ顔に感情がまったくなくて・・・・ヒイロは噛み締めた唇から、否定を搾り出した。
「いや、だ」
「ヒイロはアイツを選ぶんだろう？　だったらオレは要らない」
「違うッ！！」
　即答され、デュオはゆっくり振り向こうとして・・・・さらに抱き締められて動きを止めた。
「俺はお前を選んだ。それはずっと変わらない」
　言い切った後、ヒイロはようやく腕の力を緩めた。デュオの頬を両手で包み、伸び上がるようにして唇を重ねる。突然のキスに目を見開いたデュオが、ゆっくり目を伏せた。
　深く舌を絡めたキスを終えると、ヒイロの唇が赤く色づいて濡れている。さきほどの告白もあわせて、デュオは予想外の展開に動揺していた。
　排除しようとした男を庇ったヒイロに、自分は捨てられるのだと思った。だからヒイロの、アルフレッドへの告白を聞きたくなくて踵を返したのに・・・・告白はオレへのもので。
　じわりと乾いた砂が水を得るように、ひび割れた心が潤っていく。
「見ての通りだ、お前と付き合うことは出来ない」
　きっぱりとアルフレッドの瞳を見つめながら断ったヒイロに、青年はゆるゆる首を振った。否定するように横に首を動かした後、小さく「残念ですね」と零す。だが、ヒイロもデュオも聞いていなかった。
　互いの目に愛する人を映し、幸せそうに触れるだけのキスを交わす。
　――――と。
「五飛さん、幸せにします」
「どうか私と」
「いえ、僕の方が・・・」
　一斉に五飛が囲まれて告白されまくった。どうやら狙われていたのはヒイロだけでなく、五飛も同じ立場だったらしい。それもヒイロがデュオを選んだ今、フリーなのは五飛だけとばかりに５人のエージェントが愛を告げる。
「・・・残念だが、五飛はおれのものだ」
　険しい表情で黒髪の恋人を抱き寄せるトロワの腕に、五飛は素直に収まった。見せ付けるように長身のトロワの首へ手を回し、首筋に顔を埋める。
「俺はこいつが気に入っている」
　意味ありげな流し目に、周囲が静まり返った。耳が痛くなるほどの沈黙を降らせた本人は、気にした様子なくトロワに甘えている。
「・・・五飛にしては、」
「珍しい・・・」
「っていうか、壊れたんじゃないか？」
　デュオとヒイロの口から零れた呟きが痛いほどの沈黙を破り、周囲は失恋の雨に濡れながら、嵐のような騒動になった。

　なお、あまりの騒ぎの大きさに、レディが研修生受け入れを渋るようになったのは、数日後の話。各組織も戻ってきたエージェントの腑抜け具合に、二度と研修制度を利用しなくなったのは当然の結果だった。そして、隣接ビルに設置されたスイーパーの監視が、いつの間にやら撤退していたことは言うまでもない。
　地球統一国家の政府直轄の最大規模を誇る情報組織『プリベンター』、その中でもエリートが集う『国家重要機密情報保持管理対策室』には、現在もラブラブなカップルが２組。邪魔をされることもなく、今日も幸せに任務をこなしている。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 The　END....

---

　だから何？　というか、綾雅は任務失敗かも。ちょっとリクエスト内容から脱線してしまった気がしますが、いかがでしたでしょうか？　感想などいただけると嬉しいです。
　ではまた次の作品で！