W2×1　【MiyabihimeA】

　恋人が帰宅する予定の夜、デュオはぼんやりと窓際に腰掛けていた。外を眺めてはいるが、関心は風景に向かっていない。マンション前の道路を挟んで斜め向かいに、小さな公園があった。その緑が月光に揺れるのを視界に捉えながら、意識は先日の路地裏へ戻っていく。
　元ガンダム・パイロットの肩書きは飾りや伊達ではなく、最高のエージェントに与えられる勲章のようなものだった。その実力は多少の差はあれ、地下組織で実行部隊のトップに立てる程度の能力は持っている。誰かに簡単に翻弄されるような、薄っぺらい能力なら、とうに命を落としていただろう。
　そんなデュオに銃口を向けながら、生き残っている相手―――彼か彼女か。それすら掴ませなかった敵がいる。それは自分と同等か、それに近い能力を持つのだ。
　不謹慎にも高揚する感情を持て余し、デュオは深く溜め息をついた。
　間違っている。平和を齎す為に戦って、傷ついて、ようやく人を殺さなくてもいい時代になって・・・なのに、強敵の出現にわくわくしてしまう自分―――どこかで待っていたような気がするのは、死神の性だろうか。
　―――間違ってる自覚あるのに、さ。
　見えそうで見えない、あと少しで敵に手が届かない・・・・・。
　自嘲した瞬間、ふわりと雰囲気が和らいだ。
　窓の下、帰宅する人影を見つけたのだ。最愛の恋人がこちらの視線に気づき、ちらりと視線を寄越す。それだけの仕草で、どうしようもなく嬉しくなった。別に手を振ってくれるわけでも、名を呼んでくれた訳でもないのに、自然な笑顔が浮かんでくる。
「コーヒー、淹れるか」
　ヒイロがエレベーターで上がってくるまでの僅かな時間に、コーヒーメーカーへセットしてスイッチを入れる。こぽこぽと音を立てて、薫り高いコーヒーが不健康な部屋の空気を一掃した。
　呼び鈴が鳴るより早く、ドアを開けてヒイロを出迎える。
「お帰り、ヒイロ」
「ただいま・・」
　何気ない普通のやりとりに、ささやかな幸せを見出して噛み締める。そんな平和を実感できる空間を、デュオはひどく気に入っていた。
　さきほどまでの暗い考えを捨て去り、ヒイロの華奢な腕から荷物を受け取る。疲れているのだろう、ヒイロの顔色が少し青白い気がした。
「ヒイロ？」
　問いかけるように首を傾げれば、それだけで意味は通じる。気づかれたと理解した瞬間、ヒイロは肩を落としてソファに座り込んだ。取り繕うことをやめてしまえば、さらに具合が悪そうに見える。
　きっと、プリベンターや帰り道では無表情を張り付かせ、誰にも気づかせなかったのだろう。
「少し熱がある」
「・・・・ちょっといい？」
　ヒイロの前髪を掻き上げ、その額に自分の額を押し当てる。確かに、微熱と呼ぶには少しばかり高い体温が伝わってきた。普段からデュオより体温が高いヒイロだが、今はさらに熱く感じられる。
「食事は後にして、少し眠った方がいいんじゃないか？」
「・・・・そうだな」
　隣に腰掛けたデュオに凭れて、全身の力を抜くヒイロが目を閉じる。具合が悪い所為もあるのだろうが、全身で”甘えたい”と訴える恋人に破顔した。そっと腕を背に回して抱き寄せ、膝枕の姿勢に落ち着ける。
「３０分したら起こしてくれ」
　報告書の提出がある。
　端的に告げられたリミットを、ちらりと目を向けた壁の時計で確認した。デュオの三つ編みの先を指先できゅっと握って、蒼い瞳が完全に伏せられた。普段より早い呼吸が、静かな部屋に彩を添える。
　すでにコーヒーは入っているだろう。水を吸い上げる音が止んだコーヒーメーカーは、親密な２人の空間を壊すことなく香りだけを届けてくる。しばらくすれば酸化して味が落ちると知りながら、デュオは気にした様子なく黒髪を手で撫で続けた。
　帰ってきたら、ヒイロに相談しようかと悩んでいた。だけど、いざ目の前にヒイロを置くと言葉を失う。それは信頼していないのではなく、信頼されている自覚があるから・・・・事実、ヒイロが無防備に目を閉じて身を任せてくれる今が嬉しい。
　刺々しい雰囲気を纏う戦場でのヒイロを知っていれば、今の姿がいかに安心してくれているか伝わった。だからこそ、強くありたいと願う。ヒイロを守りきれるだけの強さと、こうして気を抜ける場を提供できる包容力を欲した。
「・・・・もっと、強く・・・」
　零れ落ちた言葉は、束縛の言霊をもって部屋に響いた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

---

　おやおや？　coccoはどこへ？？？　←おいおい
　でも軌道修正しながら頑張ります！！！