W2×1　【MiyabihimeA】

　優しく触れる恋人の手が黒髪を撫でる。手櫛で梳く所作は心地よくて、うっとりと目を細めた。猫がするように擦り寄ってきたヒイロを、デュオが嬉しそうに抱き締める。
　情事の後の気怠い雰囲気を、明け方の清涼な空気が払拭し始めていた。
「・・今日の予定は？」
　ベッドに裸体を横たえて、デュオの長い髪を引き寄せながら首を傾げる。そんなヒイロの仕草ひとつに煽られるデュオは手を伸ばし、指先で唇を押さえた。いつでも現実へ引き戻すのはヒイロの方で、どこか切ない思いで溜め息をつくのはデュオなのだ。
「オレはフリーだからね。しばらく休むよ。そういうヒイロは？」
「プリベンターに教官として呼ばれた。予定は２日間だ」
「ふ～ん、今度は何の教育？」
　スイーパーと距離を置き、プリベンターにも所属しない。現在のデュオの立場は複雑で、ほとんど現場に顔を見せなくなった。死神を自称している男だが、最近は殺伐とした気配を纏うことも減っている。それだけ世界は平和になったのだろう。
　プリベンターに籍を置くヒイロは、教官としての活動が増えた。現場主義で飛び出してしまう五飛が放棄した役目を、代わりに引き受けているのだ。
　教わるエージェントより若い教官が舐められるのは、当然だろう。ましてやヒイロの見た目は小柄で、中性的な美貌の主だ。あちこちの組織から掻き集められた元軍人や屈強の男を纏めるには、その華奢で美しい姿は邪魔だった。元ガンダム・パイロットの肩書きをもってしても、やはり舐められてしまう。しかし躊躇（からか）い半分でちょっかいを出した男が、軽く投げ飛ばされて骨折してからは、彼らの態度も大人しくならざるを得なかった。
「・・・爆発物処理だ」
「ハック技術だったら、協力できるぜ」
　普段は非常勤ということで、プリベンターへ顔を出さないデュオが、苦笑しながら提案する。
「レディに伝えておく」
　唇に触れていた指をぺろりと舐め、ヒイロは妖艶な笑みで答えた。思わず接吻けようとしたデュオだが、それより早くヒイロが身を起こす。そのまま済し崩しに肌に溺れようとしたところを躱され、深い溜め息をついた。小悪魔のように魅惑的な表情で、ヒイロが蒼い瞳を細める。
「残念だが、出勤の準備がある」
　ちらりと時計に目をやる仕草につられ、同じように壁の時計を確認したデュオが、やれやれと前髪を掻き乱した。長い髪は解けて、シーツの上に茶色い流れを作り出している。身を起こすデュオの背を覆う髪が、節くれだった指で器用に編まれていく。慣れた仕草で三つ編みにして背に放ると、床に散らばっていたガウンを引き寄せた。
「そんじゃ、朝食でも作りますか」
　軽い動作でベッドから降りる。音もなく歩く姿はエージェント教育の賜物だ。最前線で今でも”超Ａ級”の実力を誇る恋人は、無駄のない筋肉をつけた背中を晒して寝室を後にした。
「頼む」
　見送りながら、ヒイロは同じように床からシャツを拾い上げて羽織った。着替えを用意してくれているだろうデュオの気配を探り、無音で唇を動かす。呟かれた言葉は、次に浮かべた笑みに溶けた。


　最近、奇妙な気配を感じる。
　それをヒイロに切り出せなくて、デュオは溜め息をついて窓の外を見つめる。夏に向かう季節は、外の木々を新緑で彩っていた。鮮やかで目に痛い緑に似合わぬ暗い感情を飲み込み、懐いていた窓から離れると財布を手に取る。
「・・買い物でも済ませるか」
　独り言を苦笑交じりに呟くのは、ヒイロがいない時の癖かも知れない。なんとなく寂しいと感じる自分の心が不思議で、どこか愛しく感じられた。擽ったいと表現してもいい程、ヒイロへの感情に振り回されている。自覚はあるけれど、それもいいかと開き直ってしまう。
　部屋を出て歩き出せば、こちらを探るような視線に気づいた。心の中で「またか」と嫌気が差すが、表面上は気づいていないフリで足を進める。
　気配に敏感なデュオだから、相手の視線や気配に苛立つ。それはエージェントとしての能力の高さを物語る一方、身についた哀しい性を思い知らせるだけだった。戦時中、顔を公開された経歴から狙われるのは理解できる。だが、この相手は仕掛けてくる気配がなかった。
　ただ監視するだけ。
　鬱陶しさに肩を落としながら、無視し続ける限界が近いことをデュオは誰より知っていた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

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　coccoのけもの道・・・・かなり暗い歌ですね。
　あさか様、大変お待たせいたしました。やっと書き始めました。綾雅のイメージが暗いので、それに相応しい話になると思います。というか、今回はデュオがストーカー（？）されちゃいまして、ヒイロがどう絡むのか・・・そこがポイント！　あまり書くと展開がバレそうなので、このくらいで（笑
　少しでも楽しんで貰えると、嬉しいです♪