W2×1　【MiyabihimeA】

「ちょっと、デュオ！　ウィング社とトラブルって・・・・・・・あれ？」
　水色の瞳を瞬かせた金髪の青年は、続きを飲み込んで首を傾げる。
「そこにいるのって、ウィングのCEOだよね？」
　驚きながらも、カップを両手で持ったまま頷くヒイロに近づく。ソファの上で臨戦態勢を取ったトロワが、苦笑しながらソファの端に寄った。当然とばかり、隣に腰掛けたカトルが、剣呑な眼差しをデュオへ向ける。
「どうなってるの？　デュオ、君には説明の義務があるよ」
「はいはい、でもその前に名乗った方がよさそうだぜ、カトル」
　言われて思い至ったのか、にっこりと人の良さそうな笑みを浮かべたカトルが、ヒイロへ手を伸ばした。反射的に握手を返すヒイロは、机に置いたカップを再び手に取る。両手で抱えるのは、包帯で滑るからだろう。
　ヒイロの仕草を見つめるデュオの眼差しは、愛らしいと思う心と裏腹に厳しい色を刷いていた。
「失礼しました。僕はカトル・ラバーバ・ウィナーと申します」
「ヒイロ・ユイです」
　肩書きをつけずに名乗ったのは、まだ自分がウィング社の最高経営責任者だと信じられないからだった。目の前のトロワが嘘を言っているとは思わないが、そんな重責を担っていたのだろうか・・・本当に？　そんな疑問と戸惑いを含んだヒイロの声色に、デュオが小さく息をついた。
「ウィナーの名は知ってるんだろ？　トロワ」
「ああ、ウィングにも多額の出資をしてもらっているからな」
　投資家として有名なウィナー家の総領は、デュオのスポンサーでもある。仕事の依頼はもちろん、後見人としても名を貸していた。会社設立メンバーの１人だ。
　ＮＡＳＡの深層部へのハッキングにより、ＦＢＩに逮捕されたデュオの身請けをして以来の関係は、秘書であるシフェルより長かった。
「何をやらかしたの？」
　今度は・・・と頭に冠を付けられなかっただけ、今回は冷静なのだろう。そう判断しながら、溜め息をついたデュオが口を開いた。先ほどトロワへしたのと寸分違わぬ説明を聞き終えると、カトルは目の前に用意された紅茶を一口飲む。
「つまり、ただの交通事故・・・・って言いたいんだ」
「他にどう説明すりゃいいんだよ。オレだって、ウィングのＣＥＯを狙って轢くほど器用じゃねぇっての」
　茶菓子をひとつ開けながら、デュオは隣のヒイロの様子を窺う。滑るカップを器用に両手で固定し、ゆっくりと飲んでいる姿からは、先ほどの見事な技術の片鱗も感じられない。だが・・・・・。
「それよりさ、ヒイロ」
　突然話を振られたヒイロが、きょとんとした顔で振り返る。手の中のカップが傾いだのを、デュオが伸ばした手で受け止めて机に置いた。
「本当に、記憶がないの？」
　こくんと頷く仕草は幼く、それ故に誰もがデュオを凝視する。突然の質問の意味が理解できなかったのだ。しかしデュオは集中した視線を無視し、ヒイロの右腕を掴んだ。
「じゃ・・なんでオレに近づいた？」
　じっと右腕を見つめる眼差しは、物騒な色を刷いて煌く。青紫の珍しい瞳は、不審を浮かべて眇められた。デュオの言動が理解できない周囲と反対に、ヒイロは蒼い瞳を伏せる。何か心当たりがある様に見えた。
「・・・・・」
「この腕、ヒビが入ってる筈だろ？　でも、おまえは平然と端末を操った。おかしいと思うのが普通だ」
　ごくりと喉を鳴らしたシフェルが、包帯の巻かれた右手首を見つめる。確かにそうだ。最初は痛々しいと感じていた包帯の下、右手首は骨にヒビが入っていると聞いたのに・・・・。
　表情を強張らせたトロワと、裏の読めない笑みを浮かべたままのカトル。空気が凍りついたように動かない中、現状の一端を担う当事者が動いた。
「・・・・・お前に会ってみたかった・・・」
　ぽつりと本音を漏らしたヒイロの声が頼りなくて、震える肩が可哀想で・・・・迷った末、デュオはヒイロの黒髪を胸元に抱き寄せた。
「騙す気は、なかった・・・」
　嘘だと糾弾することは簡単だけれど、デュオはそうしなかった。静かに同意の頷きを送り、目配せで人払いを頼む。最初に立ち上がったのはカトル、考えた末に続いたトロワとＳＰ達、最後に全員を見送ったシフェルもドアの向こうへ消えた。
　シーンと静まり返った沈黙の中、デュオは黒髪を撫でながら天を仰ぐ。
「どうしてオレに会おうと？」
「・・先月ウィングのサーバーにハッカーが侵入した。防御は俺が担当して」
　一度言葉を切って、ヒイロはさらに俯いた。
「失敗したのは初めてだった」
　なるほどね。
　苦笑いが浮かんだ。子供の負けん気だったのだろう。自分を負かした、初めてのハッカーの顔が見たかった。ヒイロの実力を持ってすれば、他の追跡者を振り切ったデュオの正体を見抜けた。
　だから、あの事故は偶然ではなく――――必然。
「この手は、無事なの？」
「・・・・・捻挫だけ」
　医者すら丸め込んで近づいたのだと、ヒイロは口篭りながら告白した。それに苛立ちを感じないといえば、嘘になる。騙されたのだと目の前の青年を責め、その代償を求めることも出来るだろう。
　心の悲鳴を無視できるのなら・・・・。
「で？　気は済んだだろう。もう帰るか？」
　目を見開いて顔を上げたヒイロの驚愕の表情に、問いかけたデュオの方が痛みを感じて目を伏せた。意外なことを告げられたと言わんばかりのヒイロの顔だが、さっきの言葉をその通りに受け取るなら、ヒイロの気は済んでいる筈だ。
　自分を負かしたハッカーに会い、その実力を隣で見つめて・・・もう演技する必要もない。だとしたら、オレは興味の対象ではなくなったんだろ？
　残酷に問いかけるデュオへ、目を見開いたまま・・ヒイロはキツく唇を噛んだ。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

---

　次くらいで終わりの予定。
　やっとヒイロの立場が判明しました。そう、記憶は失っていたんじゃなく、単に自己暗示の結果です。見事に途中まで騙されてしまったデュオ・・・加害者だったのに、本当は被害者です（笑
　というか、ヒイロ・・・あんたの行為は「当たり屋」じゃないですか？（苦笑