W2×1　【MiyabihimeA】

「・・・血・・？」
　濡れた指先を確認し、ようやく周囲が完全な暗闇ではないことに気づく。真っ暗だと判断したのは、周囲が黒を思わせる色だったから。だが、きちんと確認すれば自分の指先の血の赤も見えるくらいには、ほんのり明るい空間だった。
　部屋・・ではない。宿はもちろん、通常に部屋と呼ばれる場所と違うのだ。家具もなく、壁や天井も存在しない。かろうじて自分が寝かされている場所が、床だと判断できるほど境目のない場所だった。
「起きた？　お兄ちゃん」
　明るい声に視線を向けて、肩の辺りで座ってこちらを覗き込む子供に気づいた。黒い髪は闇に解けるほど暗く、無邪気な子供らしからぬ顔を縁取っている。黒目がちな瞳は、よく見れば濃紺だった。
「・・・っ」
「ここは誰も辿りつけないから・・・邪魔されないよ」
　暗に自分の力を誇示する幼子が、長い爪をヒイロの頬へ滑らせる。硬直したように動けない体は、恐怖などではなく・・・魔力によって縛られていた。舌打ちしたい気分で身を捩ろうとするが、己の意思に反して体は動こうとしない。
　頬に爪が触れ、浅い傷をつける。右の頬骨の辺りから唇へ向けて引かれた爪が、刃物のようにすっぱりと肌を裂いた。ひりひりした痛みとぬめる血の感触に、肌が粟立つ。
　先ほどの首筋の傷も、彼の爪が傷つけた痕なのだろう。
「・・・・・ねぇ、泣き叫んでみせて？」
　以前も同じ行為をしたと、その一言で公言する。泣き叫んだ人間を引き裂いて遊んだのだと、無邪気に笑いながら幼子はヒイロの悲鳴を望むのだ。
　誰が思い通りになるか！　
　反発する思いを込めて睨みつける。強気なヒイロの態度に気を良くした子供の手が、蒼い瞳へ伸ばされた。咄嗟に目を閉じた瞼を血塗られた指でなぞる。
「怖いの？」
　くすくす笑う子供の手は逸れて、黒髪をさらさらと弄んだ。
「黒い魔物を呼んでみる？　でもきっと、聞こえないけど・・・・アレを追い払ってくれて、本当に助かったんだ。だって、アレは強いんだもん」
　黒い魔物という表現に、一瞬惑う。
　ヒイロの中で、デュオに黒色の印象はない。翼を広げた本来の姿ならともかく、普段の三つ編み姿で笑うデュオを思い出せば、いつでも視界を埋め尽くすのは優しい瞳の青紫だった。柔らかいブラウンの髪も、白い肌も・・・・確かに黒衣を纏っているが、彼の印象は夜明けの青紫でしかないのだから。
「・・デュオの、ことか・・？」
「そう、アレはデュオって名前なんだ。覚えておくよ」
　爪がヒイロの喉に赤い筋をつけながら、胸の上に十字を刻む。たいして深くない傷はジクジク痛むが、ただ出血を促し恐怖心を呼び起こす為の物らしい。泣き叫ばない人間を前に、少し唇を尖らせる。親に叱られた子供のようで、その態度はひどく人間臭いからこそ、残酷さをより際立たせていた。
　　ピシッ・・・・・・
　卵の殻が割れる、そんな音が響く。ヒイロの斜め右上、子供が背を向けている空間にヒビが入っていくのが見えた。目を見開いた幼子が振り返った瞬間、パリンと乾いた音を立てて結界は砕け散った。
「何ッ！？」
　焦る子供の態度と対照的に、ヒイロは表情を和らげる。
　ひび割れた結界の中に飛び込んだのは、滑らかでしなやかな四肢を持つ獣だった。金色の瞳は瞳孔が猫のようで、音を立てない動きが優雅な黒豹―――。
「デュオ・・・」
　ヒイロの唇が動いた。微かな呼び声に、僅かに残っていた結界の名残は、完全に吹き飛ばされた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 To Be Continued....

---

　まだ再会できないぃ・・・・（苦笑
　でも、もうすぐですね。ちなみに、この魔物なお子ちゃま・・・結構気に入っています。どうにかして生かしてあげたいが、きっと木っ端微塵にされてしまうんだろうな・・・なんとか、残せないかしら？？？
　えへへ、カトルはどうなったの？　って人、実は裏で繋がりますので、ご安心（？）ください。